第1回
第2回
第3回
これまでの3回に続いて、自民党が発行した憲法改正推進マンガのを見ていきたいと思います(マンガはこちらから読めます)。前回でマンガの第2話まで見ましたので、第3話を見たいと思います。

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第3話では憲法改正手続きに触れます。まず、自民党お得意の「他の国は憲法を変えている」という話を持ち出します。
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そこで自民党のスポークスマンのような意見しか言わないひいおじいさんが登場し、こんなことを言います。
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>>「ドイツも日本と同じ敗戦国じゃが、憲法改正はきちんとやっとるぞ」

「きちんと」って何だ!?

改正するのが「きちんと」憲法に向き合っていて、改正しないのは無責任だと言いたいのでしょうか? この「きちんと」という修飾語に非常に恣意的な印象操作の意図を感じるのですが、ひいおじいさんは続けて「憲法が大事だからこそ ちゃんと議論して必要な変更をするんじゃよ」と言っています。その割に自民党は現在審議中の安保法制では「ちゃんと議論」しないで憲法解釈の変更だけで済ませるという憲法軽視をしていますね。やっぱりこの辺は自民党の自虐ギャグなんでしょうか?

この辺の描写も自民党の『日本国憲法改正Q&A』を踏まえてのことでしょう。本当にこのひいおじいさんは自民党のスポークスマンでもやってるんですかね?
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(↑グラフ付きで各国の憲法改正回数を強調する自民党Q&A

そして相変わらず無知丸出しで人の話を鵜呑みにする以外能がないお母さんは、「外国は(憲法を)そんなに変えてるのになんだかズルイわ!」と意味のわからないことを言います。おじいさんからも「意味がわからん」とは言われているものの、このお母さんは本当にとことん無知で頭が弱いですね…。
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(↑このシーンは何が言いたいんだろう…?)

さて、この自民党のマンガでは、外国が「きちんと」憲法改正していてその回数も多いと強調する一方、その改正内容には全然触れられていません。この自民党マンガは全体的にこんなことばっかりです。このブログ記事の第2回でも、「日本国憲法の日本語はおかしい」と言いながらどこがおかしいのかは全く言及されていないことを指摘しましたが、今回も「外国は憲法改正を『きちんと』やってる」と言いながら、その改正内容の言及はなし…。

各国の改正内容は国会図書館のデジタルコレクションにレポートがあります。これを見てみると、日本と諸外国の憲法の構造が違うことがわかります。例えば、ここで「きちんと」憲法改正をしていると強調してあるドイツを見てみると、
「占領費等支出の連邦及び州の負担調整」(第120条a、1952年8月14日追加)
だの
「連邦と州の間の租税収入配分の変更」(第106条、1955年12月23日改正)
だの
「選挙権年齢・被選挙権年齢の引き下げ」(第38条、1970年7月31日改正)
だの
「動物の保護」(第20条a、2002年7月26日改正)
だの
「自動車税の連邦への移管」(106条、107条、108条、2009年3月19日改正)
だの、明らかに日本では憲法ではなく法律や条令レベルのものが多く含まれています。こちらのサイトで原文と和訳が見られますが、中には「連邦旗は、黒・赤・金色である」(第22条)なんてものまであります(あれ黄色じゃなくて金色だったんですね)。自民党マンガでは隠しているのかページ数の関係で省略しただけなのかわかりませんが、この改正内容についての言及は一切ありません。ドイツの「60回も変更」というのは実はこういうわけだったのです。

たしかに中には大幅な変更もあり、冷静時代国家分裂の憂き目にあい、西側の最前線となった西ドイツでは、1956年の再軍備してNATOに加盟するための改正と1968年の緊急事態条項追加のための改正という大きな改正を2回経ています。どっちも自民党がやりたがっていることですね。

しかし、それこそ手続きに則って「きちんと」改正しています。現在進行形で自民党が行っているような解釈改憲ではありません。ドイツが「きちんと」改正しているというなら、自民党も「きちんと」国民に説明して支持を得るべきですね。

(※ドイツの場合は正確には憲法ではなく、「ドイツ基本法」という暫定的なものです。統一まで憲法は制定しないことにして、暫定的に定めた「基本法」が現在まで続いています。自民党は「ドイツは憲法改正をきちんとやっている」と主張していますが、実際にはドイツは憲法をきちんと作ってさえいなかったりする)

他の国もそれぞれ事情があり、アメリカでは戦後6回の憲法修正が行われましたが、内容は「大統領の3選の禁止」とか「コロンビア特別区市民への大統領選投票権付与」とか「選挙権年齢の引き下げ」とかであり、どれも日本では憲法ではなく法律レベルです。実際選挙権年齢引き下げは日本でもつい先日行われましたよね。首相の任期については日本では法律さえありません。
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韓国の9回というのも、クーデター等による国の体制の変化によるものが5回含まれます。フランスの27回のうち最初の2回は現憲法ではなく第四共和政(1946年~1958年)時代のもので、第四共和政はアルジェリアの独立戦争をきっかけに崩壊し、1958年から第五共和制に移行し、憲法がまるっと変わっています。その後第五共和制憲法になってからは24回改正されていますが、公用語の規定(第2条、1992年改正)のように日本では法律レベルでさえ決められていないことも含まれていますし、植民地等に関する条文や、EUや他の国際機関に主権の一部を委譲するための改正が多いという特徴があります。

自民党が憲法改正を主張するときにはよくこの「他の国は憲法を改正している」というのを持ち出して、「日本国憲法は古く時代遅れになっている」という主張を強調しようとしますが(この「憲法古い論」はこのマンガでも貫かれています。詳しくはこのブログの一連の記事の第2回参照)、見方を変えれば70年間一度も改正する必要がないほど先進的で取捨選択された内容のものだったと言うことも可能です。日本国憲法は細かい点は法律レベルに任せてあるため、改憲しなくても法律レベルで十分対応できていたわけですね。

自民党の憲法改正Q&Aでは、「諸外国では、現実とのかい離が生じれば憲法を改正しています」と言って各国の憲法改正回数のみを紹介していますが、ここまで見てきたように、その改正内容を見てみるとかなり印象が変わってきます。日本ではこれまで憲法を改正しなくても法律の改正で時代の変化に対応できていた、というのが事実に近いでしょう。

さて、諸外国の憲法改正の内容は出さずに回数だけを強調した後は、日本国憲法の改正のしづらさを強調します。「改正するべきなのに改正要件が厳しすぎる」という内容になっており、憲法改正の条件を定めた憲法96条を変えたがっている現政権の意見を色濃く反映したものと思われます。

このほのぼの一家も、「翔太(息子)が国民投票に参加できる日も近いわね!」とか「(国民投票に)参加させろよなー」とか「投票行きたくなくなってきた」とか、具体的に「憲法のここをこう変えたい」という意見もないまま「国民投票に参加したい」という改正ありきの発言を繰り返します。一家丸ごと自民党のスポークスマンのようになってきました。(自民党の宣伝マンガだから当たり前っちゃ当たり前だけど…)
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↑憲法改正の国民投票をしたがるよくわからない家族。
その前に具体的な改正内容を考えろよ…。


そして日本国憲法改正要件の厳しさを強調するため、再度外国を引き合いに出します。
(ここのシーンはひい爺さんが目から光線を出して憲法改正要件を紹介するというよくわからない演出がなされており、毎週「ジャンプ」を読んでいるマンガ読みの私にはこのあまりに稚拙で意味不明な演出は読むに堪えない…。何でこの手のマンガって、マンガとしてのレベルがこんなに低いんだろう…)
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この各国の改正要件を見て、家族はいかに日本の憲法改正要件が厳しいかを驚きの表情で大声で主張します。
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驚いた不安そうな顔で、「これじゃ衆参どちらかの議員で3分の1の国会議員が反対すれば憲法改正を止められちゃうわ」と言うお母さん。「行われるべき憲法改正を野党が邪魔をしている」と言わんばかり。おじいさんの意見を鵜呑みにしているうちに、お母さんも自民党のスポークスマン化したようです。

彼らは日本の憲法改正要件の厳しさを主張しますが、ご覧の通りスペインでもアメリカでもドイツでも、「どちらかの議院で3分の1の国会議員が反対すれば憲法改正を止められる」というのは同じです。文脈からするとこのマンガは「日本ではこんなに条件が厳しいから憲法改正の発議さえできない」と言いたいみたいですが、憲法改正の発議までの条件なら、自民党が「『きちんと』憲法を改正している」と言ったドイツやアメリカと変わらないわけですから、その論理は明らかに破綻しています。

アメリカの場合は国民投票はありませんが、50州の議会の4分の3、すなわち38州が承認しなければなりません。もしかしたら国民投票の過半数より難しいかも知れません。実際連邦両議会の2/3で発議されたものの、州議会による承認がなされず廃案になった修正案が過去に6件あります(国会図書館のレポート参照)。

このマンガで言及されていないスウェーデンは一院制ですが、改正案を議員の3分の2で可決した後、解散総選挙の義務があります。解散総選挙後にもう1度投票をやり直し、再び3分の2で可決されなければなりません。ここで国民の信を問うわけですね。更にこれに加え、議員の3分の1の要求で解散総選挙の際に国民投票も並行実施できます。この方法なら、経済政策など別の理由で支持を得た政党が、ついでに憲法改正も押し切ってしまうということは出来ないわけです。

デンマークも国会で過半数の賛成で発議されて、解散総選挙になります。選挙後の議員で再び国会の過半数で可決した上で、国民投票が行われます。さらにこの国民投票は、投票総数の過半数かつ有権者総数の4割を超える賛成が必要です。相当厳しい条件ですね。ちなみにデンマークも1953年を最後に60年以上一度も改正されていません。

また、改正禁止条項がある国もあり、例えばドイツの場合は連邦制、国民主権、人間の尊厳などに抵触する改憲は出来ません(79条)。フランスでは共和制に抵触する改正はできませんし、イタリアでは「最高の原則」とされる箇所は改正ができません。確定した説ではないものの、国際紛争を解決する手段としての戦争を否認した憲法11条がその「最高の原則」に当たるとして改正不可とする見解が存在します(参照)。
(※ただしイタリアでは解釈改憲によりアフガニスタン戦争に参加して戦死者も出している)

イタリア憲法第11条  

・イタリアは他国民の自由に対する攻撃の手段としての戦争及び国際紛争を解決する手段としての戦争を否認する。他国と同等の条件の下で、国家間の平和と正義を保証する体制に必要ならば主権の制限に同意する。この目的を持つ国際組織を促進し支援する。
(↑改正不可とする学説が存在するイタリア憲法第11条)

以上のように、各国の憲法改正要件を見てみると、本当に日本の改正要件が一番厳しいかかなり疑問です。2013年4月13日の東京新聞の記事に明治大学の辻本教授のコメントが載っていますが、辻本教授は「日本の改正手続きは(略)各国と比べて格段に詳しいわけでもない。むしろ圧倒的多数の国では、日本より厳格な手続きを定めている」と述べています。
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(↑東京新聞2013年4月13日)

これまで日本で一度も改憲がなかったのは、現行憲法を変えるほどの問題が生じてこなかった(現行憲法が支持されている)か、国民の支持を得られるような改正案を政治家が作れなかったか、その両方かのどれかというのが正しいように思えます。前々回紹介した通り、自民党が現行憲法の欠点として挙げている「プライバシー」や「環境問題」に関することなんかは法律レベルで対応できますし、実際してきたわけですからね。

もちろん、これまで変える必要がなかったからと言って「今後も永遠に変えてはならない」と言う気はありませんし、何度も強調している通りこのブログは護憲も改憲も主張しません。

しかし、この自民党のマンガを読んでみると、諸外国の改正回数を強調するも、その内容を実際に見てみると日本では憲法レベルじゃなくて法律レベルで対応できるものが多数を占めていたり、日本の憲法改正要件の厳しさを強調するも、実際は外国に比べて厳しすぎると言えるようなものじゃなかったりと、自民党の憲法改正推進マンガは、憲法の条文の具体的な引用もほとんどなく、事実に反する主張や誇張を用いた印象操作によって成り立っています。

私はこのブログでは護憲も改憲も主張しませんが、自民党のこのマンガが間違っていることだけは自信を持って主張します。

次回でこのマンガに関する記事は最終回です。「戦争体験者」という設定のひい爺さんに、戦後生まれの安倍総理の主張を語らせるという印象操作でこのマンガは終わります。