前回井上太郎が、原発立地場所を「いらない場所」と発言したことを紹介しました。
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本人のツイート 
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これについて多くの批判が寄せられた井上太郎は、見苦しい言い訳をしました。
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本人のツイート

井上は批判を「読解力不足」によるものだと言っていますが、現実は逆で、井上の日本語力不足と無恥によるものです。(井上太郎のツイートは日本語が成り立っていないものが実に多い。参照

井上は「日本にとっていらない場所」と言ったのではなく「日本を攻撃するのに最もいらない場所」と言ったのだと言っていますが、井上のもとのツイートを見ると、「日本を攻撃するのに最もいらない場所を選んで建てた原発を攻撃するより、日本の中枢が狙われる」と書いてあります。井上の日本語は普段から主語も述語もでたらめで、句読点もまともに打たない下手くそさなのですが、それから考えると

「日本を攻撃するのに、最もいらない場所を立てた原発より、日本の中枢を狙う」

または

「最もいらない場所を選んで建てた原発を攻撃するより、日本の中枢を
狙う」

と書きたかったのを、途中で書いてる最中に2つの文が混じっちゃったのではないかと思うのですが、井上の言う通り書き間違いではないということにして話を進めましょう。

さて、「日本を攻撃するのに最もいらない場所」とはどういう意味でしょう? 日本語が全く成り立っていません。「日本を攻撃する」の主語は敵国ですが、「最もいらない」のは、誰にとって「最もいらない」のでしょうか? 井上は「最もいらない場所」は「一番影響のない所」の意味だと弁解していますが、「一番影響のない所」というのは、当然「『日本にとって』一番影響のない所」です。敵国にとってではありません。そうなると、「最もいらない場所」というのはやはり「日本にとって最もいらない場所」と解釈することになります。井上の説明は支離滅裂です。

最も好意的な解釈は

「(外国が)日本を攻撃する際に、(事故が起きても日本にとって)一番影響のない所に建てた原発を狙うより、日本の中枢を狙うはずだ」

と言いたかったということになりますが、井上太郎は「日本を攻撃するのに最もいらない場所」で一塊だと言っているので、この解釈は成り立ちません

「日本を攻撃するのに最もいらない場所」を一塊だと考える場合、この「最もいらない場所」というのは、日本にとってではなく「日本を攻撃する敵国にとって最もいらない場所」という意味だと解釈することになります。そうなると、この「最もいらない」の意味は、攻撃しても影響が小さいから「攻撃しても意味がない場所」という意味になります。

しかし、そうなると別の矛盾が発生します。井上の説明に従うと、日本は「敵国が攻撃してきても最も影響力がない場所を選んで原発を建てた」という解釈をせざるを得ず、日本は建設の際に事故だけでなく他国に攻撃されることも想定していたことになります

しかし原発を攻撃されることを想定していないのは国会答弁でも明らかですし、井上太郎自身が原発は攻撃されないと言っているのだから、井上太郎自身の主張とも真っ向から矛盾します

「攻撃するのに最もいらない場所」まででなく、「攻撃するのに最もいらない場所を選んで建てた原発を攻撃するより…」までまとめて読むと、やはり「日本にとって最もいらない場所」を「選んで原発を建てた」という解釈しかどうやっても成り立ちません。

また、たしかに原発は、事故が起きても被害が最小限ですむよう、人口密集地を避けて建てられてはいます。しかし、それは原発が事故を起こしても被害そのものがが小さいことを意味しません

福島の原発事故を見れば、その影響力が絶大なのは明らかです。「一番影響のない所」に建てられた原発だって、事故が起きてもあの日が意なのに、意図的な攻撃を受ければ事故レベルでは済まないでしょう。チェルノブイリの時には30キロ圏内が避難区域になり、350キロ圏内にホットスポットが点在しました。鹿児島市は川内原発から40キロしか離れていませんし、350キロなら広島まで届く距離です。

それに、「原発よりも日本の中枢を狙う」と井上は言っていますが、なぜ井上は「中枢か原発か」の二者択一を考えているのでしょう? もし私が敵国やテロリストで、2発ミサイルを持っていれば、1発は東京に、もう1発は原発に落とします。東京も原発もどっちも狙われるだけの話です。井上の考える「狙うなら中枢だから原発は狙われない」という主張は全く幼稚な脳内お花畑妄想でしかありません。

井上太郎は自分の発言を何とか正当化しようと弁解をこいていますが、支離滅裂で恥の上塗りをしているだけになっています。そして、今回も「住んでいる人の問題ではなく」と言っています。日本全体にとって影響は少ないから、住んでいる人にどんなに影響があっても知ったこっちゃない、という意味以外には受け取りようがありません。さすが「非難するなら勝手に非難しろ。甘えるな」と言い放った田母神俊雄氏とを熱烈に支持しているだけのことはあります。

彼は「ただ日本を愛し、日本と日本国民を守りたいだけ」とプロフィールに書いています。
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しかし、日本の土地を「いらない場所」と表現し、「住んでいる人の問題ではなく」と言い放ち、原発が攻撃されることはないという当事者意識も危機意識もまるでない井上太郎は、日本も日本国民も愛してなどいません。彼が愛しているのは自分自身の主張だけです。

デマを繰り返し、日本語は「ど」が付くほどの下手くそ。ただひたすら憎悪を煽り、自分が裁判に負けても負けたことさえ理解できないほどの頭の悪さ(参照)。最近では北朝鮮に正当性があるとか、金一族は王家の血筋だとかデタラメを言って北朝鮮用語まで始め(参照)、日本の土地を「いらない場所」と呼び、非難されると論理の通らない弁解をして恥の上塗りをし、「原発は攻撃されない」と何の根拠もないお花畑主張をして危機感もなく、「住んでいる人の問題ではない」と原発周辺の住民を軽視するような発言までする井上太郎。

井上太郎は愛国者なんかではありません。
「日本を愛している自分」が好きなだけの
似非愛国者です。


彼が愛しているのは実際の日本ではなく、「ぼくが かんがえた さいきょうの にっぽん」に過ぎません。

いまだに井上太郎のツイートをRTするような人たちに改めて言いたいと思います。

愛国心があるならば、この似非愛国者を信じるな。

井上太郎をこれまで信じていた人たちも、そろそろこの似非愛国者の正体に気づくべき時に来ていると思います。

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