安保反対デモについては、百田尚樹氏らがデマを流してできる限りデモを矮小化し、安保反対違憲そのものが存在しないかのように見せかけようと卑怯な真似をしている者がいますが、デモに参加することさえデマを用いて阻止しようとする者もいます。

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本人のツイート

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このようにデモに参加すると社会的地位を失うとか就職できなくなるとかのデマを流す者は少なくないようです。しかし、断言しますが絶対にありえません。

まず、この人物は「Nシステムで写真を撮られます」と書いていますが、Nシステムとは車のナンバーを判断するシステムです。これで顔写真を撮られるって…。デマにしても程度の低いデマですね。

次に、「監視の対象になります」 とのことですが、あり得ません。デモには数千から数万、全国での延べ人数だと何十万から何百万にもなりかねない参加者がいるわけですが、顔写真だけを手掛かりに個人を特定し、その個人を監視対象にするほど、警察や公安に無駄金と時間があるとお思いでしょうか? しかも、それで就職に不利になったり、生活基盤を失うとしたら、警察や公安が個人情報を一般企業に渡していることになります。絶対にありえないですね。

このデマを流している人物は、デモに参加すると「信用と仕事と生活基盤を失う」とまで言っていますが、そうなると既に就職している人がデモ参加を理由に解雇されることになります。法的に考えてもあり得るわけがないですね。一体どこの監視社会でしょうか? いったいいつ日本はソ連化したのでしょう?

朝日新聞7月30日の記事にこの手のデマが取り上げられており、大手化学メーカーの採用幹部の話として以下のように書かれています。
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>>学生がデモに参加したかなんて調べるヒマもリソースもありません

まあ、当たり前ですよね。この手のデマを流している人って、就職活動さえしたことがないんじゃないかと疑いたくなります。

また、日本国憲法第21条には以下のように書かれています。

日本国憲法第二十一条  

・集会、結社及び言論、出版その他の一切の表現の自由は、これを保証する。


権力者がデモ参加者を社会的に抹殺することはこの21条に反します。一億歩、いや一兆歩譲って、警察や公安がそのような個人情報を収集し、それを利用してデモ参加者を社会的に抹殺しようとしているとしたら、現在の行政はそのような憲法違反行為を認めていることになります。だったらなおのこと現政権は打倒されなければなりませんね

ちなみに、自民党は将来的には本気でこのようなことをやりかねません。自民党の憲法改正草案の第21条を見てみましょう。

自民党憲法改正草案第二十一条  

・集会、結社及び言論、出版その他の一切の表現の自由は、保証する。

2. 前項の規定にもかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。

自民党の憲法改正草案では、表現の自由は「公益及び公の秩序」に反しない限りでないと認められません。「公」を「国」と見なした場合、反政府デモも認められない恐れが出てきます。

民主主義の根幹は表現の自由、言い換えると意見の多様性の尊重だと思いますが、自民党は党是としてそれを制限しようとしています。「自由」と「民主主義」から遥か遠くかけ離れた政党、それが自由民主党です。

ちなみにこの人物、その後の質問でこれが本人のただの妄想であることがバレバレになっています。

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>>日本の警察・公安は凄いよ!

つまり警察・公安は凄いからそれぐらいやっているはずだ、と、この人が思っているだけなわけですね。

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>>データベースには、残せます。

警察が一々写真を撮ってデータベース化しているかどうかは私は知りませんが(私はこれまでデモに数回参加していますが、警察が写真を撮っている様子は見ていません)、「データベースに残す」だけなら、社会的に抹殺されることはありませんね。やはりこの人は勝手な妄想でデマを流してデモに人々が参加できないようにしようとしていたわけです。卑怯極まりないですね。

そしてこの人物はこんなことさえ言いだします。

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>>意見の違いがあれ多数決が民主主義の基本
>>デモによって法案の廃案させるのは民主主義の破壊


明らかに民主主義の基本がわかっていない、非民主的な発言ですね。

多数決は民主主義の基本ではなく手法に過ぎません。先ほども言った通り、民主主義の基本は表現の自由です。

この人は「多数派には文句を言うな」と言っているに等しいです。それならば、選挙が終わった時点で、少数派である野党の存在さえ必要なくなります。議会そのものの否定ですね。多数派が思い通りにしてよいのならば、それは選挙で独裁者を選んだにすぎません。民主主義は選挙で独裁者を選ぶ制度ではないのですが、どうもそんな基本的なこともわかっていない人が大勢いるようです。

また、多数派少数派という話であるならば、今国会での安保成立には、現在どの世論調査を見ても、反対が圧倒的優位を占めています

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賛成26%、反対64%(8月15、16日読売新聞
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賛成34.3%、反対56.4%(8月15,16産経新聞
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賛成20%、反対65%(8月22、23日朝日新聞
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賛成30.6%、反対53.4%(9月5,6日、時事通信
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賛成30%、反対61%(9月5,6日、JNN

これだけの反対を無視するのが民主的なんですかね?

自民党の菅官房長官自身が言っていましたが、選挙公約はパックで行われるので、選挙に選ばれたからと言って公約が全て国民に認められたことにはなりません。まして前回の選挙は「アベノミクス解散」を前面に打ち出しており、選挙公約をみても安保についてはちらっと触れただけに過ぎませんでした(公約のリストでは、300ある公約の271番目に書いてあった)。

直近選挙がない今、意見を表明する数少ない手法の一つがデモであり、それは憲法で保障された権利です。それを「民主主義の破壊」と呼び、デマを流してその権利を否定しようとすることこそ民主主義の破壊に他なりません。

安倍総理は、祖父岸信介が座右の銘としていたという「自らを反みて縮くんば 千万人と雖も吾往かん」というのを信条にしていると言います。
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(↑7/21 BS日テレ「深層NEWS」)

言い換えれば、どんなに反対があっても自分が正しいと思ったら実行する、という意味です。

これのどこが民主主義ですか?

政治家は国民の代表です。その代表が、どんなに国民の反対があっても自分が正しいと思うことをするって、まさにこれでは選挙で独裁者を選んだだけです。単に反対意見に耳を貸さないだけでしょう、これは。

卑怯なデマを流してデモを止めようとすることも、表現の自由に「公益・公の秩序に反しない限り」という制限を加えようとすることも、国民の代表者たる政治家が「どんなに国民の反対があってもやる」と言うことも、民主主義とはとても呼べません。

自由と民主主義を守るために、現在の自由も民主も忘れた自由民主党政権に私は反対し、デモを応援します。

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