上念司という経済評論家がいますが、政治的には絵に描いたような保守であり、当然のように安保法案も支持し、安保法案を違憲だという人たちを、憲法について無知だと罵っています。しかし、本人は、彼が罵っている相手よりもさらに憲法について無知でデタラメな論理の持ち主なのです。
(スポンサードリンク)


2016y04m05d_235702562

本人のツイート

>>十七条憲法だって立派な憲法ですよ。
>>まったく分かってないね。
>>歴史を知らないってスゴいわ。


2016y04m04d_172154660
(↑本人のツイッター
 
>>十七条憲法だって憲法なんだけど、
>>本当にパヨクって歴史をしらないんですね。

すみません、ちょっと何言ってるかわからないです。 

これは立憲主義の話題の中で出てきた言葉のようですが、言うまでもなく、現在の権力を縛るためのものとしての「憲法」は、欧米から入ってきた概念であり、Constitutionの訳語です。使われ始めたのは明治初期で、Constitutionには、他にも「国憲」とか「根本立法」とかの訳語が当てられましたが、最終的に「憲法」という訳語が定着しました。

「憲法」という言葉自体は、皆さんご存知の通り、十七条憲法のころから存在しています。しかし、この憲法はConstitutionの意味ではなく、単に「おきて」のような意味です。「和を以て貴しとなす」など内容を見ても、現在のConstitutionとは違うことがわかりますね。詳しい説明は法学館憲法研究所のHPをどうぞ。

大げさに言ってしまえば、十七条憲法の「憲法」と日本国憲法の「憲法」は、同じ文字、同じ発音を持っているだけで、別の概念です。

幕末から明治にかけて、日本人は西洋概念を輸入するために、「自由」「科学」「哲学」「権利」「義務」など、多くの和製漢語を作り上げました。その中には、もともと存在した古い漢語を新しい意味に転用したものと、全くの新語としてゼロから作ったものの2つがあります。

例えば、「自由」という言葉は前者で、古くからある言葉でしたが、「自分勝手にする」という悪い意味で使われることが多かったようです。一方、freedomとかlibertyとかは、人権と結びついた概念で、「自分勝手にする」という悪い意味ではありません。freedomやlibertyに「自由」という訳語を当てたのは幕府の通訳だった森山多吉郎とされています。明治以前の「自由」と、明治以降の「自由」は、同じ語を転用しただけで、別概念です。

「革命」も同様です。明治以前の「革命」は「易姓革命」すなわち前の王朝が倒れ、別の王朝に交代するに過ぎない言葉でしたが、明治にrevolutionの訳語として用いられました。revolutionには、「社会体制を根底から変える」という意味があります。明治以前の「革命」と、明治以降の「革命」は、全くの別概念と言っても過言ではありません。

以上のように、憲法も明治以前と以後では別概念であり、立憲主義の話をしているときに、「十七条憲法だって立派な憲法ですよ」「十七条憲法も憲法」という言葉が出てくるとは、まったくわかってないですね。歴史を知らないってスゴいて改めて認識させられましたし、本当に上念司って歴史を知らないんですね

十七条憲法と日本国憲法の「憲法」を同じ文脈で語れるものだと思うなんて、蹴鞠(けまり)と蹴球(サッカー)を同一視するようなものです。

上念氏は、ここで驚くべき歴史に対する無知さを披露していますが、その後、更なる無知さと非論理性を披露することになるのです。

次回:「牛丼を食べるのは合憲だから、集団的自衛権も合憲だ」に続く

(参考文献:日本放送出版協会『知るを楽しむ 歴史に好奇心』2007年4月号)

(スポンサードリンク)