このブログで何度か取り上げている自称ジャーナリスト西村幸祐。彼がいかに客観性というものを欠いているか端的にわかるものがありましたのでご紹介します。

NGOピースボート共同代表の川崎哲という人が、このようなツイートをしていました。


>>特定の人種や宗教や性別や身体的特徴を
>>「優等」または「劣等」とみなす差別思想が、
>>暴力の発動装置となる。



まったくもってその通りですね。

ところが、西村幸祐は、このツイートを引用して、このように言ったのです!



>>韓国人に聞かせてやりたい。
>>次はシナ人だ。


まずお前が聞け!!


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前回の記事でも紹介しましたが、西村幸祐は保守速報の在日認定を鵜呑みにしたうえで、こんな発言をしています。


>>差別主義が根付いた朝鮮民族



これはまさに特定民族を「劣等」とみなす差別思想でしょう。
 
「韓国人に聞かせてやりたい」という発言も、「韓国人は日本人を『劣等民族』と差別する劣等民族だ」という趣旨でしょう。差別の無限ループですね。

川崎氏が非難しているのはまさに西村幸祐のような人物のことなのでしょうが、西村氏にはその自覚がないのでしょうか。その自覚がないほど理解力がないのでしょうか。

それとも、西村氏は、自分のような人間が批判されていることを自覚したうえで、皮肉のつもりで「韓国人に聞かせてやりたい」「韓国で講演を」と言っているのでしょうか。川崎氏は西村氏と逆の反戦・非核・護憲という立場なので、皮肉のつもりで言ったのかもしれません。

しかし、韓国人がどうであれば、西村幸祐が、「特定民族を『劣等』と見なす差別思想」にまみれた男であることに疑いを挟む余地はありません。

もしも自分のような人間が非難されていることを理解せずに「韓国人に聞かせてやりたい」と言っているなら客観性がなさすぎですし、もし自分が非難対象であることを理解したうえで言っているなら、自分のことを棚に上げて韓国人に責任を着せる卑怯者です。どっちにしても、西村幸祐という男は、ジャーナリスト以前に人間として最低であると私は思います。

何があろうと、特定の人種や宗教や性別や身体的特徴を、「優等」または「劣等」とみなすようなことは決してしてはなりません。「優等」「劣等」なんて物差しによって簡単に変わりますし、人間個人の価値には何の関係もありません。

男は女よりも平均すれば力が強いですが、力が強いから男は女より「優等」だなんてことにはなりません。

アメリカやイギリスは日本よりはるかにノーベル賞受賞者が多いですが、英米人が日本人より民族的に「優等」だなんてことにはなりません。逆にノーベル賞が少ない国の民族が「劣等」なんてことにもなりません。せいぜい示せるのは、そこの国の研究機関の優秀性ぐらいでしょう。

視力が高い人が視力低い人より優等だなんてことにはなりません。眼鏡をかければ済むだけです。

どれも個人の価値には何の関係もありません。

特定の人種・宗教・性別・身体的特徴などを「優等」とか「劣等」とかみなさないということは、現代を生きる人間としての最低限のマナーだと思います。それが出来ないのであれば、他人と関わらず無人島で一人で過ごす他はないでしょう。

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