小池都知事が、関東大震災で虐殺された朝鮮人の追悼式典に、知事としての追悼文を送らなかったことで、にわかに朝鮮人虐殺が話題になりました。関東大震災での朝鮮人虐殺は、「朝鮮人が暴動を起こした」「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」などのデマが引き金になったと言われていますが、いまだにこのデマを根拠に、朝鮮人虐殺を正当化しようとする者がいます。例えば、札幌医科大学の高田純というレイシスト教授は、このようなツイートをしていました。(現在は削除)

高田純 理学博士 @gatapi21 
今テレビを見ていたら、関東大震災時の朝鮮人虐殺事件の一方的な報道に驚きました。何もしない朝鮮人だったのでしょうか?  
相当な危険な朝鮮人犯罪者たちがいたと私は考えます。もちろん、まっとうな在日朝鮮人がほとんどだと思いますが。 
在日外国人犯罪の第一位が在日朝鮮人です。これは事実。 

殺されたのは「相当危険な朝鮮人犯罪者」だったと言いたいようです。このように、虐殺否定派には、あたかも朝鮮人殺害が「悪い朝鮮人を正当防衛で殺した」ということであったかのように言う人が大勢います。



関東大震災で虐殺された朝鮮人の数については、正確な数値はわからないものの、虐殺否定派や虐殺正当化派の言動があまりにも酷いので、今回はそこを取り上げてみたいと思います。

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・当時の新聞記事の証拠能力は皆無である


ネットを見ると、当時の朝鮮人暴動についての記事を根拠に、朝鮮人に対する虐殺を正当防衛扱いする人が大勢います。例えばこの人物↓は、当時の新聞記事を「物的証拠」なんて言っています。




その当時の新聞には、「震災の混乱に乗じ鮮人が行った兇暴」だとか「鮮人が放火して回る」だとか「鮮人一味、上水道に毒を散布」だとか記事が掲載されており、このような記事を読んだ当時の人が朝鮮人殺害を行い、また、現在もこのような記事を根拠に朝鮮人殺害を正当化する輩が大勢います。


ところが、当時の新聞記事は、何の物的証拠にもなりません。なぜなら、関東大震災当時、交通手段が完全に遮断されたために、報道機関は現地取材を行うこともできず、まともな報道能力を全く欠いていたからです。ヘリコプターで現地入りできる現在とは全く状況が異なるのです。


当時の新聞の混乱ぶりが窺える記事はたくさんあります。例えば、伊豆大島沈下とか、新島出現とか、名古屋壊滅とか、あまりにも滅茶苦茶な情報まで新聞記事として掲載されました。当時の新聞記事がいかに信頼できないかわかるというものです。

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参照
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大正15年(1926年)に内務省が発行した『大正震災志』には、当時の新聞報道についての記述があります。これは、現在国会図書館のHPに載っていますので、誰でも読むことができます。(270ページ~276ページ)

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ここには、「交通通信がすべて途絶した当時であるから、東京横浜市民さえ、眼前の惨害より他の一切は全く知らなかった。まして他地方の人達はただただ張膽駭目するのみで、あせりにあせってもその被害状況をつまびらかにし得なかったのである。当時各地方新聞が号外もしくは本紙において報道したものの中には、随分思い切ったものがあった。その中より数種を転載して、当初暗黒の状をしのぶ一端とする」と書かれています。数多くの具体例が掲載されていますが、「なんじゃこりゃ」ってもののオンパレードです。


品川は海嘯(津波)によって全滅(福岡日々新聞)

宮城も尚焼けつつあり(大阪毎日新聞)

九月一日午前六時富士山爆発
(台湾日々新聞)

小笠原伊豆諸島は(略)海中に没し全ての島はなかった(岩手新聞)

皇居を一時京都に移すことに決定す(樺太夕刊)


富士山噴火とか、小笠原伊豆諸島すべて沈没とか、皇居移転決定とか、すごい記事ですよね。当時の新聞がまともに機能せず、噂話を確かめることもなく掲載していたことがよくわかります。


この『大正震災志』に掲載されている当時のデマ記事の例の中には、朝鮮人暴動に関するものもあります。


麻布連隊一個小隊は横浜方面より隊伍を組み進行してきた四百名の鮮人と衝突し激戦の結果全滅(伊予新聞)

数百の不逞鮮人隊伍を組みて蜂起暴戻
(伊勢新聞)

鮮人二千御殿場襲撃(樺太夕刊)


これは内務省がはっきりとデマの例として挙げているのですが、いまだにネット上で朝鮮人暴動の例として使われることがあります。例えば、『正統史観年表』という愛国カルトサイトでは、「少なくとも横浜~品川において朝鮮人による暴動破壊活動は有った」という根拠として、「横浜方面から隊伍を組んで進行してきた朝鮮人と麻布連隊が衝突」というデマ記事を用いています。

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↑愛国カルトサイトに掲載されている記事。
 デマであることは当時の内務省のお墨付き


内務省が『大正震災志』のなかでデマ記事の例として挙げているものを、朝鮮人暴動の例として使っているのですから、この手の愛国カルト連中の言うことがいかに信頼ならないか、お分かりいただけるかと思います。


このように、当時の新聞記事における朝鮮人暴動の記事は、朝鮮人暴動があったという根拠に全くならないことがわかります。普段マスコミのことを「マスゴミ」なんて言ってる連中が、自分に都合のいい報道だと、デマ報道とはっきりしているものさえ鵜呑みにして利用するのですから、心底呆れてしまいます。

・当時の朝鮮人による殺人事件は2件、傷害は3件のみ


さて、当時の新聞が報じた朝鮮人暴動は、全く信頼性を欠くもので、信ずるに値しないものであったわけですが、警察の記録などはどうなのでしょう。もしも朝鮮人暴動だとか、井戸に毒を入れただとか、放火して回っただとかの事実があるならば、逮捕者が大勢いるはずです。


内閣府のHPには中央防災会議による「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書」というものが掲載されています。その報告書に、当時の朝鮮人殺害についての記述があり、このように書かれています。


 民間人による殺傷行動についての官庁資料で最も網羅的なものは、震災直後に内務大臣を務 めた後藤新平の文書中に残る「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」(略) である。これは司法省が作成したもので、(略)司法省としての見解をまとめたものと思われる。

 この資料によれば、朝鮮人による殺傷事件は殺人2件、傷害3件が記録されているが、すべて被疑者不詳であり、殺人に関しては被害者も不詳である。このため、起訴には至らなかったと考えられる。流言にあった蜂起、放火、投毒等については、「一定の計画の下に脈絡ある非行 を為したる事跡を認め難し」と否定している。検察事務統一のため、9月11日に臨時震災救護 事務局警備部で開催された司法省刑事局長主宰の司法委員会会同で、朝鮮人の「不逞行為に就ても厳正なる捜査検察を行ふこと」が決議され、翌日各主務長官の承認を得て実施されている (「関東戒厳司令部詳報」)。この方針に従って調査したものの、上述の程度にしか確認できなかったということである。 


ご覧の通り、朝鮮人によるものは殺人事件2件、傷害3件しか記録になく、しかも起訴まで至らなかったのです。蜂起・放火・投毒についても否定されています。


つまり、朝鮮人の暴動だとか放火だとか投毒だとかは、朝鮮人に対する差別意識が生んだ、完全なデマだと断言していいのです。


ネット上の歴史修正主義者たちは、何とか朝鮮人の暴動があったことにして、朝鮮人虐殺を正当化しようとしますが、当時の記録はそれをはっきりと否定しているのです。

・最低でも233人の朝鮮人が殺された


朝鮮人の暴動・放火・投毒などがデマであったことはこれで確定と言っていいと思いますが、朝鮮人が被害者の事件の記録はどうなっているのでしょう。


報告書には、朝鮮人虐殺について、当時の司法省の記録に「9月2日から6日までに発生した53件の事件で、合わせて朝鮮人233名を殺害し、42 名に創傷を負わせたことにより、11月15日現在、367名が起訴されていた」とあると記されています。これは、「『犯罪行為に因り殺傷せられたるものにして明確に 認め得べきもの』として起訴された事件だけ」ですので、実際の被害件数の一部にとどまります。なんと、この中には、警察に保護されている朝鮮人を、民衆が襲撃して殺害したものもあるとのことなので、いかに当時狂気が世の中を支配していたかがわかります。この報告書によれば、震災死者数の1%~数%が殺害によるものだと考えられるそうで、とんでもない話です。


また、朝鮮人と間違われて、日本人58名や、中国人3名も殺害されています。いずれも起訴された事件についてのみの数字ですので、実際の被害の一部にとどまります。

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ちなみに、産経新聞は今年の9月1日、「『朝鮮人虐殺』殺害された人数に諸説」という記事を掲載し、そこに、中央防災会議の報告書が「朝鮮人犠牲者に関する記録として、司法省(当時)が作成した資料にある233人を提示した」と報じています。この「233人」が、起訴に至った事件の朝鮮人被害者数であり、報告書にある「朝鮮人が受けた迫害としては一部分にとどまる」という記述については隠しているところが、実に産経新聞らしいですね。


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↑実に産経新聞らしい記事である


被害者数について諸説あることは産経新聞の言う通りで、しばしば引用される6600人という被害者数について、どういう根拠があって、その根拠が正しいものなのか、私は把握できていません。しかし、起訴事件だけでも、233人の朝鮮人や、朝鮮人と間違われた日本人58名などのおよそ300人が虐殺されたことは間違いないでしょう。「朝鮮人6600人虐殺」が否定されたとしても、「朝鮮人虐殺」が否定されるわけではありません。


(なお、「殺害はあったが虐殺ではない」と言う人もいるようだが、「虐殺」という日本語は「むごい方法で殺すこと」(大辞林)という意味なので、市民により殴り殺されるという殺され方は、まぎれもなく虐殺であろう。前回「ネトウヨは辞書を引かない」という記事を書いたが、「虐殺はなかった」と否定しながら、「虐殺」という言葉の定義を辞書で引くことさえしないのである)


↑意地でも「虐殺」を認めようとしない男の例。「虐殺」という日本語を知らないのだ。


以上の通り、当時の朝鮮人暴動に関する報道は何ら証拠能力はなく、当時の記録を見れば、朝鮮人暴動がデマであったことに疑いを挟む余地はありません。その一方で、最低でも300人近い人が虐殺されたことははっきりしています。


関東大震災当時、朝鮮人暴動がなかったこと、そして朝鮮人虐殺があったことは、疑いようのない歴史的事実です。朝鮮人暴動の存在を肯定するのは、ムー大陸の存在を肯定するぐらい無理があり、朝鮮人虐殺の存在を否定するのは、本能寺の変の存在を否定するぐらい無理があることでしょう。


朝鮮人暴動の存在を肯定したり、朝鮮人虐殺の存在を否定したりする人を見かけたら、この記事で紹介した当時の新聞や、内務省の『大正震災志』の記述、起訴された事件だけで233人の朝鮮人が殺害ているという記録などを見せてやってください。それでも考えを変えないのであれば、その人はムー大陸が存在しているような別世界の人間ですので、あきらめるしかないでしょう。


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