ざっくり言うと
・政府は「不当行為がないこと」ではなく「正当性があること」を示せばよいだけである。
・国民の税金を扱っておきながら、その正当性が示せない官僚や政府に、公僕たる資格はない
(スポンサードリンク)

・モリカケ追及は「悪魔の証明」ではない


前回、モリカケ擁護派がよく言う「違法じゃないから問題ない」は間違っている、ということを記事に思案したが、モリカケ擁護派がもう一つ必ず言うことは、「追及する側が証拠を持って来い」ということです。「問題『ない』」ということの証明を求めるのは悪魔の証明だ、問題あるという証拠を持って来い、という理屈です。

刑事罰については、これは完全に正しいです。警察や検察にどんなに追及されようと、被疑者は自分に都合の悪い証拠を提出したり、自供したりする義務は一切ありません。刑事裁判では、被告は「無実である」ということを証明する必要はなく、追及する側が「有罪である」という証拠を出さねばなりません。「疑わしきは罰せず」が刑事罰の基本になっています。


しかし、それはあくまで刑事罰に関する話です。


公務員や国会議員は、全体の奉仕者である公僕です。彼らは国民の税金で食べている人間であり、彼らの意思決定は、すべて税金を伴うのです。


当然、どのような経緯で意思決定がなされたのかを、つまびらかにする必要があるのは当然です。本来、求められれば税金の使い方の正当性は簡単に証明できて当たり前なんです。


モリカケ擁護派は、モリカケ問題を追及する側が「悪魔の証明」を求めていると批判します。しかし、野党は、「不正があったことを示せ」とか「不正がなかったことを示せ」とか言っているのではなく、「正当だったことを示せ」と言っているのです。これは悪魔の証明ではありません。行政にかかわる意思決定が正当であったことを示すのは、関わった者たちの当然の義務です。なんたって、国民の税金を使うことなのですから。


今安倍政権や財務省等が言っているのは、「我々は、我々の行政処理が正当であった証拠を出すつもりはない。だが、不当だと言うなら、そっちが我々が不当であった証拠を出せ」というものです。こんなの認めるんですか、本当に?



・正当性を示せない人にお金を預けられるのか


税金だと実感がなくてわかりづらい人がいると思いますので、身近な例で考えてみましょう。


海外旅行する友達が、「免税店でお土産買ってきてやるよ」と言うので、その人に10000円預けたとします。


友達の帰国後、お土産とお釣りを受け取ると、お土産は明らかに3000円ぐらいしかしなさそうな安物なのに、お釣りは2000円しかない。どう考えても5000円ぐらい足りない。
omiyagegatag-00000160

友達に「これいくらだったの?」と聞くと「8000円」と答える。


「レシート見せて」と聞くと「捨てた」と答える。


「どこのお店で買ったの?」と聞くと「記憶にない」と答える。


8000円したことを証明するものは何もない。ネットで調べてみても、やっぱり3000円ぐらいとしか思えない。でも、どんなに問い詰めても、「いや、オレの買った店では8000円したし」の一点張り。


これがまさに今起きていることなんですが、この場合でもあなたは
「追及する側の力量不足だろ?(笑)(笑) 証拠だせば?(笑)(笑)」
「はよ違法行為の証拠出せって。それを調べるのが疑惑として追及する側の仕事だろ。便所紙以下の妄想垂れ流してんじゃねーよ」
「証拠も出せないのに難癖つけているだけ」
と言いますか? 他人ごとじゃないですよ。自分のお金がちょろまかされたかもしれないんですよ。自分のお金だっていう前提で想定してみてくださいね。自分から土産を買ってきてやると言ってきてお金を預かっておきながら、レシートも取っておかず、買った店さえ忘れたと言い張るやつに対し、怒らずにいられるのかどうか、想像してみてください。


正当性を証明するなんて簡単なんです。レシートを出せばいい。お土産が8000円したことを証明するレシート出せば済む話なんです。「オレが5000円ちょろまかしたって証拠があるのかよ! 便所紙以下の妄想で難癖付けてんじゃねえ」なんてのは恥知らずで幼稚な逆ギレにすぎません。


問題があるのはレシートを出せない側であり、レシートを出せない時点で、金を預かる人間としてはアウトなんです。そんな人間は信頼してはいけない。そんな人間に金を預けてはいけない。当たり前でしょう。


我々は政治家や官僚に税金を預けているんです。預かった側が、その金の使い方の正当性を証明する義務があるのであり、預けた側にその責任はありません。



・「バレなきゃいい」を認めるのか


8億円も値引きするだけのゴミがあったという根拠を示せ、と求めれば、「資料はありません」。


だったら今からあの土地を調べて8億円も値引きするだけのゴミがあるか再調査しようと言えば、「再調査はしません」


石破四条件をクリアしたという根拠を示せと言われれば、「クリアできていないという根拠をそっちが示せ」と、それこそ悪魔の証明を求めてくる。


どうやって加計学園に決まったのか、意思決定のプロセスを明らかにするための議事録を求めても、記録は残っておりませんが、結論は残っております」という異常な答弁をする。その結論に至るプロセスを聞いているのに、何を言ってるんだ、安倍政権は。


こんなに「記録はありません」「記憶にありません」「調査しません」尽くしなのに、「一点の曇りもない。我々は、我々が正当だという証拠を出す気はないが、不当だと言う方が不当だという証拠を出せ」と言う主張をなぜ認められるのでしょう。


前回の記事で、「違法じゃないからいい」という考えは政治家や官僚の考えとして間違っていると書きましたが、現在行われていることは「違法じゃないからいい」どころか「バレなきゃいい」だと言うべきでしょう。


こんな恥知らずなことができる行政側もおかしいですが、それを認める人たちの方がさらに不思議です。自分たちの税金の使われ方の正当性が証明されていないのに、なぜ行政側に立って「不当だという証拠を出せ」と主張できるのでしょう。本当に不思議です。



・安倍総理を信じる人こそ怒るべき


今回の件を「悪魔の証明」だと勘違いしている人は、どんな証拠を出しても意味がないと間違えていますが、今回の件は断じて悪魔の証明ではありません。「不正がないこと」を証明しなくても、「正当性があること」を証明すればいいだけのことなんです。そして、それは本来簡単にできるはずのことなんです。税金の使い方は、正当性が証明できて当たり前だし、できないとおかしいんです。


安倍夫妻の関与の有無が問題になっていますが、正当性さえあれば、安倍夫妻が関与していようがいまいが関係ないんです。森友も加計も、正当性さえ証明できていれば、安倍夫妻の関与が問題になることがそもそもなかったはずなんです。


なので、今回の件は、安倍政権支持者こそ怒るべきです。本来証明できて当たり前のことを、「資料はありません」「文書は破棄しました」「記憶にありません」なんて言うから、「不正があったんじゃないか」「安倍晋三・安倍昭恵という名前があったから、不正が行われたんじゃないか」となって追及が続いているんです。正当性が証明できていれば、こんな問題自体起こりえなかったのです。


なので、安倍総理を支持する人こそ、安倍総理の潔白を証明するために、証拠書類を廃棄して正当性の証明をできなくした人たちの責任を追及し、証人喚問等で正当性の証明をするように求めるべきなんです。野党が求めている資料や証人喚問をさっさと行ってしまえば、こんな問題はとっくの昔に終わっていることなんです。だらだら引き伸ばししないで、追及する側が求めている証拠提出や証人喚問を行って、「ほら、何にも出ないでしょ?」と言えばいいんです。


繰り返し言いますが、今回の問題では、決して「悪魔の証明」など求められていません。求められているのは正当性があることだけであり、それは本来証明可能なもので、証明できなければおかしなものです。他人の金を預かった人間は、その金の使い道が正当であったことを証明して当たり前だし、その証明ができない人間は、他人の金を預かる資格がありません。


正当性の証明は可能なのですから、安倍政権支持者こそ、財務省等の責任を徹底的に追求し、証人喚問を求め、正当性の証明をすべきなのです。正当性さえ証明できれば、安倍夫妻の関与があっても問題ないのですから。


この問題を「悪魔の証明」と呼ぶのは、「バレなきゃいい」と言っているのと変わらず、そんな言い訳に騙されてはいけません。自分たちの税金の使われ方なのですから、その使い方の正当性が証明できないような官僚や政治家には、公僕の身から退席願うしかありません。

にほんブログ村 政治ブログへ 
にほんブログ村 政治 ブログランキング
(スポンサードリンク)