<ざっくり言うと>
  • 百田尚樹、「植民地に莫大な金をかけてインフラ整備をした欧米諸国はない」と主張するが、イギリス領インドの鉄道は総距離4万キロ、オランダ領インドネシアの鉄道は総距離7000キロに達していた。
(スポンサードリンク)

使い古された「朝鮮は植民地ではなかった」論を信奉する百田尚樹

百田尚樹という男は、一体どこまで愚かなのでしょう。NHK経営委員までやっていた男ですが、この男の嘘つきぶりと無知ぶりは毎度のことながら実に驚かされます。


この男がこれまでどんなデマを吐いてきたかは、過去記事を参照してもらいたいですが、こんな無知丸出しの発言までしておりました。
>>植民地に莫大な金をかけてインフラ整備をした欧米諸国はない

バカ丸出し!!!

よくある「朝鮮は植民地ではない」というバカげた典型的な主張ですね。「朝鮮は植民地ではない」というのがデマであるということは、以前も既に記事にしておりますので、そちらも参照してください。


植民地の教育制度のことは次回以降に書くことにして、とりあえず、今回は欧米植民地のインフラ整備について書きます。

アジア初の鉄道は植民地インド

インフラと言えば、まずは鉄道でしょう。莫大な金がかかるインフラ整備の代表ですね。


さて、アジア初の鉄道はどこに敷かれたのでしょうか? 新橋横浜? 違います。アジア初の旅客鉄道は、1853年、イギリス植民地時代のインドに敷かれたボンベイ・ターナー間の鉄道です。1853年ですから、日本はまだ江戸時代。ペリー来航の年です。この時すでにイギリスはインドに鉄道建設を始めていたのです。下の図を見ればわかるように、1882年までに、鉄道はインド中に張り巡らされております。(参照

2018y08m24d_222102254


もちろん第一義的な目的は、綿花の原料と市場の確保のための搾取のシステムだったんでしょうが、道路建設にしろ鉄道建設にしろ、莫大な金をかけてインフラ整備をしたことは事実です。19世紀末にはその総距離は24800マイル(約4万キロ)にも及んだそうです(参照)。イギリスはその後も植民地各国に鉄道網を敷いています。


オランダがインドネシアに鉄道を建設したのは1867年で、新橋-横浜間より5年早いです。太平洋戦争直前には総延長7千kmに達していました(外務省HP参照)。フランス領インドシナも、もちろん鉄道が敷かれていますし、フランスが建設した1700メートルに及ぶロンビエン橋はハノイの観光名所になっています。


植民地のインフラ整備をしなかった植民地支配者なんているんですかね? インフラ整備をしないと、統治のしようがないと思うんですが。百田尚樹の脳内での植民地のイメージって、ピサロやコルテスで止まってるんじゃないですか?


おそらく百田尚樹は「植民地とは搾取だけをするものを言う!」「日本の朝鮮支配は植民地などではない!」と言いたいんでしょうし、実際インドの鉄道整備などは搾取が第一目的だったんでしょうけど、それにしても「植民地に莫大な金をかけてインフラ整備をした欧米諸国はない」など、あまりにもアホすぎませんかね。



あと、「朝鮮は植民地ではない!」と主張する人に聞きたいのが、香港についてですね。香港がイギリス植民地であったことは世界の共通認識だと思うのですが、香港は経済的にもあれほど発展し、インドのような「イギリスによる搾取」のイメージとはかなり遠いですよね。果たして、香港は植民地ではなかったのでしょうか? この辺も是非とも答えていただきたいですね。


さて、次回は、百田尚樹やケント・ギルバードなどが主張する、「学校を作って教育制度を整えたのは日本だけ」論の間違いを取り上げます。

にほんブログ村 政治ブログへ 
にほんブログ村 政治 ブログランキング
(スポンサードリンク)