<ざっくり言うと>
- 八幡和郎、大坂なおみの優勝について、「日本人もアメリカ人もハイチ人も生粋の自国人に比べて何十パーセントかずつ喜ぶのが正しい」と意味不明なことを言い出す。
- 八幡和郎、出身地や居住地などについて、自分の勝手な考えを「正しい」だと言い出す。
- 八幡和郎は、自分対した根拠のない考えを客観的にも「正しい」と思い込み、「日本人はこうあるのが正しい」「帰化人はこうあるのが正しい」などという考えを他人に押し付けてくる自意識過剰タイプの人間である。
- 「正しくあろう」と努力することは大事だが、自分で自分のことを「私は正しい」などと言う奴にろくな奴はいない。
- 自分で自分の論を「冷静公平」「正しい」と言い切ってしまう八幡和郎は、「知の自己刷新」ができない「反知性主義者」そのものである。
さて、前回「全米オープン優勝は五輪金メダル10個分ぐらいの価値がある」「これに勝るのは、サッカーのワールドカップと五輪の100メートル走くらいだ」と、勝手な価値観を恥ずかしげもなく言い出した八幡和郎。
そもそも、八幡和郎のコラムのタイトルは「大坂なおみは日本人かについての冷静公平な分析」です。自分で「冷静公平な分析」なんて言ってる時点で冷静公平な分析は全く期待できませんが、そもそも「大坂なおみは日本人か」なんて言うことを言う時点で、八幡和郎の傲慢ぶり、自己中ぶりがうかがえますね。「お前が決めるな!」と思う。
ところで、この大坂選手の快挙を日本人としてどのくらい喜ぶべきか、さまざまな議論がある。ひとつの極論は、「ハーフだし、日本語もつたないし、二重国籍だしぴんとこない」というものであり、逆の極論は、「日本人の血を引いているのだし、日本生まれだし、日本国籍をもっているのだから、いわゆる生粋の日本人と同じように喜んで上げないのは人種差別だし心が狭い」というものだ。
微妙な問題だが、両方ともまぬけた議論だ。論理的に考えれば、そういうのは、片や恥ずべき感情論であり、片や非論理的な政治的ポジショントークだ。
彼女は、生粋の日本人(ほかにいい表現があればいいが、思いつかないので使っておく。つまり、少なくとも幕末の開国時点に日本に住んでいたという意味での日本民族の血だけを引き、日本国籍だけをもち、日本で生まれ、日本で育ち教育を受け、自身も日本人のアイデンティティをもっているとか言う条件を備えた人とでもしておこう)とどう違うかは、ひとつずつの点について分析していけば正しい回答があるからだ。
何じゃ? 「日本人としてどのくらい喜ぶべきか」って??
ハーフや、外国出身で日本国籍を取得したりした選手に対して、どの程度感情移入をして応援できるかは、人によって意見が異なるでしょうが、「どのぐらい喜ぶべきか」なんて議論やってるやついるんですかね? 八幡の脳内では「このくらい喜ぶのが正しい」とかいうのがあるんでしょうか?
そもそもテニスやスポーツに興味がない人は、日本人が優勝しようが別に喜びもしないかもしれないし、日本人でも相手のセリーナ・ウィリアムズ選手のファンだったからがっかりしている人もいるかもしれないし、日本人の優勝に我がことのように大喜びする人もいれば、感心するだけの人もいるでしょうに、「このぐらい喜ぶのが正しい」とかいうのがあるんですかね?
驚いたことに、あるみたいなんですね~。「生粋の日本人」の時はこのぐらい喜ぶが、ハーフの場合はこれぐらい喜ぶ、なんていうのに、「正しい回答」があるって言うんですね~、八幡和郎は。
八幡和郎は、大坂選手について、テニス選手としての所属国とか、国籍とか、親の出身地とかを上げます。
言葉は英語が主体だが、日本語もそこそこ話せる。父親が日本に10年以上住んでいたので同様の経歴のハーフより日本語が上手だとか日本文化に馴染んでいるとか日本人っぽいところがあるのはそのせいだろう。本人が自分のアイデンティティをどのように持っているのかは、材料に乏しい。ただ、蓮舫のように日本に敵対的な感情をもっているようなことはなさそうだ。さりげなく蓮舫を「日本に敵対的な感情を持っている」なんて中傷しているあたりが、さすがに八幡和郎ですね。サッカーと憲法9条を結び付けるような男ですから、これぐらいは朝飯前でしょう。
それにしても、八幡の言う「日本に敵対的な感情を持っている」ってのは何を意味しているんでしょうね。八幡の考える「日本」って何なんでしょう? 多分、八幡の脳内だと、自分の考える「愛国的な行為」をしないやつは「日本に敵対的な感情を持っている」んでしょうね。『『反安倍』という病 – 拝啓、アベノセイダーズの皆様 – 』なんて頭の悪そうなタイトルの本を出している奴なので、「反安倍」だと「日本に敵対的な感情を持っている」とみなされてしまうのかもしれません。私から見たら、日本国憲法を「みっともない憲法」と誹謗する安倍晋三のほうが、よっぽど「日本に敵対的な感情を持っている」と言えると思うんですけどね。
さて、さりげなく蓮舫を中傷した後、八幡はこう続けます。
このようなわけだから、彼女は日本人、アメリカ人、ハイチ人から同胞とみなされる要素をもっている。ここはわかります。しかし、その後がわけがわかりません。
しかし、だからといって、完全な日本人、アメリカ人、ハイチ人として三か国の国民からみなされるべきだというのはおかしい。一人一人の人間は、同等の価値を持つ。ならば、三人分の権利も義務もないのであって、合計1人分であるべきで、それぞれ、何十パーセントずつ権利を持ち義務を果たすのが論理的だ。何言ってんだ、こいつ??
だから、日本人もアメリカ人もハイチ人も生粋の自国人に比べて何十パーセントかずつ喜ぶのが正しい。
彼女が何パーセントアメリカ人で何パーセントハイチ人かなんてこと知るべくもありませんが(どうやって測るんだ?)、仮に彼女が30%アメリカ人で10%ハイチ人だったら、彼女の全米優勝は、ハーフじゃない日本人が優勝した時の60%分ぐらい喜ぶのが正しいって言うんですかね? 彼女の優勝を100%喜んだら「正しくない」んですかね??
もうわけがわかりません。八幡和郎が勝手に60%の喜びに抑えるなら知ったこっちゃありませんが、それが「正しい」とか何を言ってんですかね、この自分勝手な男は。こんな「正しさ」初めて聞きました。
「生粋の自国人に比べて何十パーセントかずつ喜ぶのが正しい」となると、当然応援の時も、「生粋の自国人に比べて何十パーセントかずつ応援するのが正しい」となるはずです。たとえば、ブラジル生まれブラジル育ちで日本に帰化してサッカー日本代表になったラモス瑠偉の応援では、他の日本生まれ日本育ちの選手に比べて、何十パーセントか抑えた応援にするのが正しいってことですかね? それ、同じように日本代表選手として一生懸命頑張っている人に対して、非常に失礼だと思うんですが。
それに、合計100%になるようにするなら、子供が何かを成し遂げた場合、シングルマザーやシングルファーザーの場合は100%喜んで、両親がいる場合は50%ずつ喜ぶんですかね? 関わったスタッフが多いとその分一人当たりの喜ぶ量は減るんですかね? みんな100%喜んじゃいかんのですかね?
八幡和郎の言うことがまともだったことはありませんが、今回は輪をかけてひどいですね。これが「冷静公平」で「正しい」分析だとか言うんだから、本当に常軌を逸しています。
なんかこの後も、出身地がどうとか、過ごした場所がどうとか、特に根拠のない自分の勝手な考えを「正しい」考えとしてぶちかまします。
伊達公子が京都生まれで滋賀県の中学、兵庫県の高校に行き、プロになってからは滋賀の大津に住所を持ってたらしいですが、「京都市民や大津市民が(伊達公子を)生粋の地元民として意識することはなかった~」とか言いだします。何を根拠に言っているんですかね? 私なんかは、伊達公子が活躍したら、京都市民も大津市民もみんな喜べばいいだけじゃないかと思うんですが。
そして、話は二重国籍の法的な話に及びます。二重国籍の法的な地位については色々意見はあるでしょうが、最後にこんなことを言います。
韓国で限定的に二重国籍を認めるようになったのが、新自由主義の権化であった李明博政権だったことは偶然でない。もし、自分がリベラルだとか、左派だとか言うなら、二重国籍に賛成することは論理矛盾である。まーた根拠のない勝手なことを…。
「リベラル」とか「左派」とかは、「新自由主義」の言うことには何でもかんでも反対しないといけないんですかね? そもそも二重国籍容認が新自由主義ってのはどういう根拠があって言ってることなんですかね? 八幡和郎の脳内では、二重国籍を認めている国って、みんな新自由主義だったの? アメリカとかデンマークとかは、二重国籍であっても被選挙権まであるんだけど、どっちも新自由主義国なの? アメリカとデンマークなんて、政策的にかなり両極端の国だと思うけど。それに、二重国籍が「新自由主義」のものなら、「新自由主義の権化」の李明博政権は二重国籍を「限定的に」認めるんじゃなくて、欧米並みに二重国籍を容認するはずじゃないの?
八幡和郎は「『反安倍』という病」とかいう本を書いていますが、八幡こそ「『反新自由主義』という病」か「『反リベラル』という病」にかかっていると思わざるを得ません。
当然、この八幡和郎の記事には、数多くの批判が寄せられています。
男の娘やニューハーフさんは、男か、女か?
— Fox_Kuzunoha(政治と宗教ネタ) (@Fox_Kuzunoha) 2018年9月14日
という問いに、精神分析のデータ、遺伝子型から、手術の有無、コスチュームの意匠まで完璧に解析すれば、ただしい答えを導き出すことが出来る。
と豪語してるような論文ですね。
自分が冷静とか公平とか正しいとか痛々しいにも程があるが、彼女が何人かを分析するとか何様のつもりなんだか。「日本人もアメリカ人もハイチ人も生粋の自国人に比べて何十パーセントかずつ喜ぶのが正しい。」とかになると、もうつける薬が無い。
— … (@ankou_nabeo) 2018年9月14日
八幡の説によれば、青島の疎開地で生ま育った我が実父とその兄弟は生粋の日本人ではないそうだ。ということは私も半分くらい中国人なのだろうか。どうでもいいけどバカの戯言を垂れ流し続けるとアゴラ自体の品格にも関わると思いますよ。
— TaKo (@4YxXNTKAXUcngEw) 2018年9月14日
「ただ、蓮舫のように日本に敵対的な感情をもっているようなことはなさそうだ。」
— ぺんぎん (@specialcat0) 2018年9月14日
ナニコレ?普通に名誉毀損なんだけど、大丈夫か?
クソくだらない記事を良く長々とタレ流せるな
— tk55@こんな人 (@tk55i) 2018年9月14日
バカ丸出し
冗長な文章綴って何が言いたいかと言えば、蓮舫氏の悪口ってことね。
— feather_man66 (@FeatherMan66) 2018年9月14日
「大坂なおみは日本人かについての冷静公平な分析」というタイトルからして、私設〈日本人鑑定士〉ぶりにあふれていて、この御仁の暗い情熱が気持ち悪い https://t.co/aXwpL69Cy9
— 早川タダノリ (@hayakawa2600) 2018年9月14日
「生粋の自国人に比べて何十パーセント」とか、もう発想がナチだな。 https://t.co/T1nu4lg2q7
— 能川元一 (@nogawam) 2018年9月14日
いや、なんかアタマがクラクラする程、訳が分からない文章。 https://t.co/Lio34dvCLX
— 中村俊介 (@g_o_finch) 2018年9月14日
つまるところ、今回の八幡の書いた記事のタイトルからもわかりますが、八幡和郎って男は、自分勝手な「正しさ」を他人に押し付けてくる奴なんです。
ちなみに、八幡がこの記事を書いたのは9月12日。直後の9月13日に記者会見で、「アイデンティティーをどう受け止めているか」と質問された大坂なおみ選手本人は「深く考えることはありません。私は私としか思っていない。育てられた通りになっています」と答えています。ホント、八幡みたいに「大坂なおみは日本人かどうか」を「分析」する時点で傲慢にもほどがある。何様のつもりだ、八幡和郎。
予断ですが、八幡和郎は同じ『アゴラ』の中で、池田信夫から「意味不明」と糾弾されたことがあります。そもそも、八幡和郎の発言が意味不明でなかったことを見たことがないのですが、『アゴラ』は何を考えてこの人に記事を書かせているんでしょう?
八幡和郎の記事はしばしばYahoo!にもリンクされますが、こんなトンデモ評論家に騙されないように注意しましょう。この男に冷静公平な分析を求めることは無駄です。
八幡和郎は、今回の大坂選手の試合を、以下のような方法で楽しんだらしいです。
全米オープンでの大坂なおみの優勝はまことに目出度い。早朝、5時前に息子から電話がかかってきて、「大坂が優勝しそうだけど、WOWOWを契約してないので見られない。スマホをテレビの前に置いてLINEのテレビ電話で転送して」というので、そうしたら、画面音声明瞭だったようで、家族でこの快挙を楽しめた。技術進歩はありがたいことだ.
>スマホをテレビの前に置いてLINEのテレビ電話で転送してというので、そうしたら、画面音声明瞭だった
— 柴チャコ (@shibachako) 2018年9月14日
WOWOW規約第5章禁止事項第12条に明確に違反しています。ブログに自らの犯罪行為を嬉々として載せる神経を疑います。
第5章 禁止事項等八幡和郎は、まず自分のやってることが著作権的にまずいことであるという程度の常識を持ったらどうですかね?
第12条 (禁止事項)
加入者は、次に掲げる行為を行ってはなりません。
一 受信装置の改造及び改ざん並びに受信機によらない衛星デジタル有料放送サービスの視聴
二 衛星デジタル有料放送サービスに係る著作権その他の知的財産権、その他当社の権利を侵害し、又は利益を損なう行為
三 衛星デジタル有料放送サービスを用いた法令に違反する行為
四 加入者が、有料放送契約の申込みの際、契約締結に必要な事項として当社が求めた事項の全部又は一部について、真実とは異なることを告げること
加入者が前項に違反して当社又は当社の代理人に損害を与えた場合においては、当社又は当社の代理人は、加入者に対し損害の賠償を請求することがあります。
(WOWOWの規約より抜粋)
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コメント
そう書けば済むのに長々と…
純血に対する信仰心が病的
いや、ホント、笑いと怒りで「ナニイッテンダテメェー」以外の言葉がちょっと思いつかない。
足立氏もそうだがこの人もきちんと大阪なおみさんの「思想検査」でもしたの?
大阪なおみさんが3歳の時から暮らしているアメリカは人種のるつぼで、トランプ大統領の北朝鮮との和解に対する不支持よりも支持の方が多い、すなわち日本のように朝鮮民族に対する反感は少ない情勢
逆に未だにパールハーバーで日本に遺恨を感じている人間がいるくらいだ。
こういう国でずっと育ってきた大阪さんが「慰安婦問題」「南京問題」を公然と「捏造」と批判する、八幡氏や足立氏好みの「愛国日本人」である可能性は極めて低いと思うのだが。
ネトウヨ議論を振りかざすにしてもきちんと「下調べ」をしてからの方が良いのでは。
なんせ、パラグアイには人種とかいう概念がないようですし。
開国前の日本には、日中、日蘭のハーフもいましたから(楠本イネ等)、彼等も純粋日本人ですね。
純粋な血統なんてものにこだわるのは愚かなことです。
ほとんどの人は5~6代もその家系をさかのぼるのが不可能なのが現状ですから。
江戸時代から続いてるのがはっきりとわかる人なんてそんなにいないのですよ。
八幡氏はどうかはわかりませんが。
我々は皆等しく、万世一系のホモサピエンスでいいんじゃないでしょうか。
ハイチ人でもアメリカ人でも韓国人でも
彼女のファンは素直に祝福してるし
セレナのファンも最後は拍手喝采してます。
ただ単にテニスが好きでセレナが好き。大坂なおみが好き。だから応援する、それだけの話
ちなみに私は
日本人だから、日本国籍を持ってるから
大坂なおみを応援しているわけではない。
ここまで頭のおかしい人間がのさばっているので仕方がないかと。
おかしいことに「おかしい」と言わないで放置し続けた結果、デマが蔓延してしまうのですよ。
ところがこの八幡和郎はメディアにたびたび登場して自分の偏見を振り撒いていますからね。
こういうのは定期的に取り上げないと。
・・・・・・何れにしてもナオミ=オーサカさん、優勝おめでとう!!
大嘘吐きが!
平均すれば錦織の1/3ぐらいしか嬉しい感じがしなくても仕方が無いんじゃないか?
特に彼女の場合色黒だからだろうとか言われそうだけどそうじゃなくて
大抵の日本人が苦労した経験が有るだろう体格差を共有してないしね
別に八幡が錦織の1/3しか喜ばなくたって知ったこっちゃないんですが、それを「正しい」(=他の人にも当てはまる)ことだと言うのがおかしいわけです。それは表現が「妥当」であっても同じです。第一、他人のことで、「日本人かどうか」を「分析」する時点で傲慢にもほどがあります。
なお、「名無し」という名前は使わないでください。あちこちに注意書きを貼ってありますので、読んでください。
特に日本人だとは思ってないんだし
一般のテニスに興味ない日本人は何十パーで付き合っておけば充分だよ
キコとかいうモデルみたいに日本で営業するなとまで言われてるわけでもないし
ぬるく見守っていきましょ
私はこの言い回しは面白いと思ったわ
八幡さんはどんな立場からでも書ける人だし楽しんで読めばいいと思う
おやすみ
どーやって??
それにしても、「八幡さんはどんな立場からでも書ける人」とか意味不明な発言だなあ。八幡ってどんな立場から見てもバカとしか言いようがない文章しか書けないやつだけどな。
「八幡さんはどんな立場からでも書ける人だし楽しんで読めばいいと思う」
驚愕です。
そんなことをせざるを得ないのは、相手の機嫌を取らなければならない接待のような時だけだと思っていました。
かりそめにも大学教授という責任ある立場の人が「どんな立場からでも書ける」だなんて自慢にも何もならないでしょう。責任をもって自分の考えを説くことができない、言っていることがころころ変わるご都合主義者、信用ならない人という烙印を押されてしかるべきところを「楽しめばよい」なんて・・・。
昔の芸人(特に太鼓持ち)は「どんな立場からでも話せる(どんな旦那でもヨイショする)」というのが芸のだったそうですが、大学教授がまじめな話をするときにやって、それを世間が喜んでいるようでは世も末ですよ。
しかし、どういうわけか最近あまりにも「名無し」を名乗る人が多すぎるので、禁止ワードに設定することにします。あちこちに注意書きをしても、それでも「名無し」が減らないのでもう仕方ないです。
僕としては「名無し」という名前には心底うんざりなんですが、なんでそう名乗りたがるんですかね? 多分「名無し」というのが広まった原因は2ちゃんねるなんでしょうが、2ちゃんねるを嫌悪している僕としてはなおさら嫌なんですけどね。
大体、そんなことを言う人間に限って肝心のプレーを見てないんだろうなぁ。
そんなこと考える前に、大坂さんの素晴らしいプレーを賞賛するのが先に出てくるはず。ルーツとか関係なしに。
>大坂なおみ選手本人は「深く考えることはありません。
>私は私としか思っていない。育てられた通りになっています」
この部分がまーるでできてない人たちが
こういう騒ぎを起こしてるのではないでしょうか。
自分は自分であり、それが唯一の存在である、と「割り切れる」ような
個人を個人として尊重することができないというか。
日本の文化の中でも、一部の排他的な思考を持つ文化というのは
どこの集団に属しているかということに
あまりに囚われすぎているように思う面もあり……
(※この時点ですでに「まずい分析」ではありますが……)
残念なことに八幡和郎氏もその一人ではないかなと思うんですよね。
日本人であることに極端に囚われるあまりに、
個人を個人として称賛したり、あるいは個人だけをときに批判したり……
そういう事ができず、漠然と「一般的な〇〇について」と
範囲を広げてしまう傾向が極めて強いのではないかなと。
常々思うんですが、社会というものを分析するにあたって、
集団を広げて分析することってのはよくやることではありますが、
その際に分析する範囲をあまりに広げすぎてしまうことで、
かえって全体像が見えにくくなるという現象が起こりえます。
演繹的な分析だけではなく、個々人をきちんと見る分析
(それを「演繹的」に対して「帰納的」と読んでいいのかは難しいですが)も
ちゃんとやらないとだめだよなあ、と。
おそらく「名を名乗らない人たち」の意識の問題ではないかと思います。
名を名乗りたくないのではなく、自身をone of a mass
(↑英文法としては間違っていますが、意味合いとして、
「明確な意思を持った特定の集団の一人」ではなく、
「ぼやっとした一つの集団の一人」という意味合いを強調したかった)
として、具体的なものを明かしたくない意識が強いのかなと。
言い方を変えれば「責任や意思決定、自分の意志といった
『明確な自己・自我』を持たないただの一人」という形で
自分を表現したいという「カオナシ」とでもいうべき存在なのかなと。
この国の人は八幡の許可を得ないと日本国籍も取得できないの?
違いますよ。日本国籍を持っていても、八幡の好みに合わないと日本人と見なしてもらえない、です。
一方は日本人の何割かの評価でいいって言うし。
一方は二重国籍を認めてでも評価せよって言うし。
誰か対談をセッティングしてくれ。
醜い罵り合いになると思うから。
全体のうち日本人が占める割合分だけ正しく喜んでいるんでしょうね()