<ざっくり言うと>
  • 百田尚樹、津田大介が百田尚樹のサイン本を販売した紀伊国屋新宿店すべての本の不買運動を呼びかけたとして、「津田大介こそ表現の自由の敵だ」と発言。
  • 実際には、津田は反ヘイト本キャンペーンを行ったジュンク堂を引き合いに出し、「これからは紀伊国屋書店ではなくジュンク堂書店で買うようにしよう」とツイートしただけ。
  • 津田の発言はただの津田個人の意思表明に過ぎないと思われるが、これが不買運動呼びかけだとしても、嫌いな本屋について「別の本屋で買おう」と言うだけのことが、表現の自由に侵害になるわけはない。
  • 批判することを表現の自由の侵害扱いする者もいるが、犯罪や人権侵害にならない限り、批判も表現の自由である。
  • 百田尚樹は表現の自由について語る前に、発言前に事実関係の確認をするという習慣を身に着けるべきである。
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目次

百田尚樹が、「自分のサイン本を宣伝した紀伊国屋の不買運動を津田大介はしていた。津田こそ表現の自由の敵!」とツイート。デマサイトとツイッターが大拡散


少し前の話なんですが、「あいちトリエンナーレ」に関連して、百田尚樹がこんなツイートをしていました。
>>昨年、紀伊國屋書店の新宿店が「百田尚樹さんにサイン本を作ってもらいました」とツイートしたとき、津田大介は同書店のすべての本の不買運動を呼びかけました。
>>津田大介こそ、「言論の敵」であり、「文化・芸術の敵」であり、「表現の自由の敵」です。



このツイートは、いつもの『Share News Japan』『はちま起稿』『アノニマスポスト』といったデマサイトが無批判に大拡散。

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(↑デマサイト『Share News Japan』(魚拓)

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(↑デマサイト『はちま起稿』(魚拓)

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(↑デマサイト『アノニマスポスト』(魚拓)

そして、これを鵜呑みにした連中が、百田尚樹に乗っかって「津田大介は紀伊国屋不買運動をした!」「津田は表現の自由の敵!」と大合唱。

なかには、話がねじ曲がって「百田尚樹のサイン会を中止に追い込んだ」とか「サイン本販売を妨害した」とかいう話になってる人も…。
しかし、これは百田尚樹のデマです。いつも通りながら、なんでこんなデマを吐く奴がいて、それを確かめもせず鵜呑みにして拡散する奴がいるのか…。事実関係を調べるくらいしたらどうですかね? せめて、百田尚樹が言っている「津田大介がやった不買運動」とやらがどういうものか、確認してみたらどうなんですかね?


これのどこが不買運動だ?


百田が言っている不買運動とはいかなるものか。これです!!

これのどこが不買運動だ??

呼びかけと読めなくもないけど、これ、単に本人の意志じゃないでしょうか? "Let's not buy at Kinokuniya." ではなく "I will not buy at Kinokuniya." って話だと思うんですが。


まあ、日本語的にはどちらの解釈も可能ではありますが、これを呼びかけと解釈したとしても、百田の言うような「津田大介は同書店のすべての本の不買運動を呼びかけました」ってのとは全然違うとおもうんですけどね。「あの店は酷い店だから買うのやめようぜ」なんて呼びかける程度のことはいくらでもあるわけで、他者に強要したりしなければ、個人レベルの不買呼びかけ程度が表現の自由の侵害になるわけはないと思うんですが。


そういえば、自称ジャーナリストの西村幸祐も、『新潮45』がLGBTに対するヘイト発言で大バッシングを食らっていた時、新潮社の本を撤去した本屋を「野蛮でナチスの手先のようだ」「『貴方の意見には反対だが、貴方がそれを言う権利は命を賭けても守る』というヴォルテールの言葉も通じない強制収容所の本屋」なんて、バカげた恥ずかしい発言をしていましたね。



本屋はどの本を仕入れてどの本を売るか、もちろん自由に決めることができます。特定の嫌いな出版社の本を置かないなんてのは本屋の自由な裁量の範疇なわけです。「強制収容所の本屋」なんて意味不明なことを良く言えたものです。


百田尚樹や西村幸祐、それらのツイートを鵜呑みにして拡散している連中は、表現の自由ってものを根本から勉強しなおしてもらいたいです。

ファミマは不買な百田尚樹

さて、津田大介の「これからは紀伊国屋書店ではなくジュンク堂書店で買うようにしよう」という発言を、「言論の敵」「文化・芸術の敵」「表現の自由の敵」と激しく非難した百田尚樹大先生。


しかし、昨年8月、コンスデマに騙された人が、「ファミマが中学生にコンスを教えている」と言い出した時、百田先生は何と言っていましたっけ?
このツイートに対する百田尚樹大先生。 >>これからFamily Martでものを買うのをやめようっと。

百田先生の脳内では、百田先生のサイン本を宣伝するのを理由に「これからは紀伊国屋書店ではなくジュンク堂書店で買うようにしよう」というのは言論の敵で文化・芸術の敵で表現の自由の敵なのに、朝鮮式お辞儀なんてデマを理由に「これからFamily Martでものを買うのはやめようっと」というのはOKなんですね…。


批判は表現の自由の侵害ではない


この手の話になると、決まって現れるのが、「批判」を「表現の自由の侵害」と勘違いする奴です。今回、いくつかのサイトを調べてみたら、これに関連して、津田大介が過去に椎名林檎やRADWINPSなどを批判していたことを、「表現の自由の侵害だ」とする声がいくつも見つかりました。

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(↑『まとめまとめ』(魚拓)

こういう風に、作品に対する批判を「表現の自由の侵害だ」なんて言う人がいますが、全然違いますからね。批判も表現の自由の範囲内ですからね。


どんな作品だって、発表すりゃ称賛もあれば批判もあるのは当たり前です。RADWINPSだって、椎名林檎だって、ゆずだって、批判することも自由であり、批判も表現の自由の範囲なのです。批判を表現の自由の侵害などと捉えるのは完全に間違いです。

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(↑藤子・F・不二雄、小学館『エスパー魔美』より)


今回の『表現の不自由展』だって、批判はいくらでもしていいんですよ。それも含めての展示です。今回はガソリンで火をつけるという脅迫や、後になっての公金停止(しかも議事録さえ残っていない!)があったから「表現の自由の侵害だ」という批判が起きてるわけで、作品そのものへの批判は自由なんですよ。「天皇への不敬だ! 許せん!」でも何でも言えばいいじゃん。


また、批判することの正当性と、批判の内容の妥当性も、別の話です。例えばスタジオジブリの『魔女の宅急便』に対し、アメリカのある団体が「魔女を肯定的に描いていて、反キリスト教的であり、子供たちをキリスト教徒として堕落させる」と批判していたそうです。



なんともバカげた、妥当性の欠片もない批判だと思いますが、批判内容に妥当性がなかろうと、批判すること自体は表現の自由の範疇であり、他者の表現の自由を侵害したことにはなりません。どんなに『魔女の宅急便』を非難しようが、宮崎駿の表現の自由を侵害したことにはなりません。もちろん、批判は自由と言っても、犯罪や人権侵害に該当するような場合は別ですけどね。


百田尚樹が本を買うのも自由。それを批判するのも自由。本屋がサイン本を貰うのも自由。それを宣伝するのも自由。その本屋を批判するのも自由。その本屋でもう買わないのも自由。その本屋で買わないことを他者に呼び掛けるのも、威力業務妨害や偽計業務妨害に当たらない範囲なら自由です。全部表現の自由、言論の自由の範囲内です。


百田尚樹はこれまでにも数々の事実誤認や誤った内容の発言を繰り返していますが、表現の自由について語る前に、まずは発言前に事実関係の確認をするという習慣を身に着けてほしいものです。

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