<ざっくり言うと>
  • 国会で杉田水脈と思われる人物から「(夫婦同姓が嫌なら)結婚しなければいい」とヤジが飛び、問題になっている。
  • 「夫婦別姓は中国韓国に習うものだ」とか「夫婦別姓は共産主義的だ」とか言う人がいるが、事実は逆で、夫婦同姓を義務付けている国は世界中で日本しかない。
  • 夫婦同姓は明治政府が作った、ただの「制度」にすぎない。
  • 「夫婦別姓で夫婦や親子の絆がズタズタになる」と言う人もいるが、それならば日本以外の国は全て親子の絆がズタズタになっているはずである。
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目次

夫婦別姓に対する妄言の数々


国会で野党の選択的夫婦別姓に関する質問中に、「だったら結婚しなければいい」発言したヤジが問題になっています。発言者はあの下劣なセカンドレイパー、杉田水脈だと見られています。



夫婦別姓については、はすみとしこみたいに「日本を破壊する」と言っている奴がいまだにいるようです。その一人が安倍晋三ですが。
「夫婦別姓は家族の解体を意味します。家族の解体が最終目標であって、家族から解放されなければ人間として自由になれないという、左翼的かつ共産主義のドグマ(教義)。これは日教組が教育現場で実行していることです。」(安倍晋三、『WiLL』2010年7月号)
こんな発言をしている奴は、自分で何かをまともに調べる頭がないんでしょう。また、百田尚樹八幡和郎も、夫婦別姓を中国韓国に倣うものであるかのように発言していました。


もちろんこれらの主張は全てです。同様のことは既に多くの人が指摘しているので、今更記事にするまでもないことかもしれませんが、杉田水脈とかはすみとしことか百田尚樹とか八幡和郎とかに騙される人が一人でも減ることを願い、一応書いておきたいと思います。


(それにしても、「夫婦別姓を導入すると日本が壊れる」とか言ってるはすみとしこの脳内の日本ってどれだけ脆弱なんだろう)



夫婦同姓を強制しているのは世界で日本だけ


そもそも、現在議論されているのは選択的夫婦別姓です。夫婦同姓がよければ同姓にすればよく、選択肢が増えるだけのことです。喜ぶ人が少し増え、困る人は誰もいません。反対する理由がそもそもないと思うんですけどね。


次に、はすみとか百田尚樹とか八幡和郎とかは、夫婦同姓を「朝鮮式」とか「中国朝鮮に倣うもの」とか言ってますが、もちろんこれも嘘です。夫婦同姓を法的に義務化しているのは世界中で日本だけで、世界のいくつもの国で夫婦同姓も別姓も選択できるようになっています。
「現在把握している限りにおいては、『法律で夫婦の姓を同姓とするように義務付けている国』は、我が国のほかには承知していない」(2015年10月の日本政府の答弁書
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夫婦同姓を法律で義務付けている国は、世界で今や日本だけといわれています。かつて、日本のように夫婦同姓しか採用していなかった国々の多くは、90年代までに別姓も選べるようにしました。このため、海外から日本への風当たりが強まっていて、政府は国連の女性差別撤廃委員会から度々、是正を勧告されています。(NHK『時論公論』2015年12月17日
選択的夫婦別姓が、はすみらの言う通り「朝鮮式」とか「中国韓国に倣うもの」だとしたら、世界中の国が中国朝鮮を真似たんですかね? そもそも韓国は選択式じゃありませんし。気にくわないことはとりあえず中国と韓国に結びつけるような連中の妄言を信じてはいけません。


また、安倍晋三は夫婦別姓を「左翼的かつ共産主義のドグマ(教義)」と呼んでいますが、夫婦別姓のいったいどこに共産主義的要素があるのやら。もしもそうであるのなら、夫婦同姓を義務付けている日本以外のすべての国が、共産主義国ということになってしまいます。妄想もいい加減にしてほしいところですね。

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↑「夫婦別姓は共産主義的だ」と妄言をたれる、妄想と現実の区別がつかない男。

前回も言いましたが、安倍晋三という男は、自分の脳内と現実の区別がつかないタイプの人間です。

自分の頭の中で「国民世論は憲法改正」と思ったら、実際の世論調査を確かめもせずに「国民世論は憲法改正」と発言してしまう。


自分の頭の中で「『そもそも』には『基本的に』という意味がある」と思ったら、辞書を確かめもせずに「『そもそも』には『基本的に』という意味がある」と発言してしまう。

自分の頭の中で「夫婦別姓は共産主義的」だと思ったら、実際にどういう国で夫婦別姓が行われているのか確かめもせずに「夫婦別姓は共産主義的」と発言してしまう人間なわけです。

事実確認をする能力がないわけですから、本当にとことん政治家に向かない男ですね。



姓が違うと親子の絆がズタズタになるという傲慢な妄言


夫婦別姓批判でおそらく最も多い主張は、夫婦別姓で夫婦や親子の絆が壊れるというものでしょう。自民党の下村博文は、2010年の日本会議の大会で、夫婦別姓が可能になったら「夫婦の絆、それ以上に親子の絆がずたずたになってしまう」などと発言しています。(しかも、この時下村は子供手当や高校無償化も批判している!)


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↑苗字が違うと親子の絆がズタズタになると妄言を吐く下村博文


しかし、先に述べた通り、夫婦同姓を義務付けている国は日本しかなく、夫婦別姓が基本の国や地域もあります。ベルギーや台湾では同姓も可能ですが別姓が基本らしいですし、韓国やカナダのケベック州では夫婦別姓と決まっています。そういう地域では親子の絆がズタズタになっているんでしょうか? 夫婦別姓のせいで夫婦の絆や親子の絆が崩壊するという根拠を示せる人がいるでしょうか? もしも選択的夫婦別姓で夫婦や親子の絆が壊れるのなら、日本以外のすべての国で家族が崩壊していないとおかしいです。安倍晋三や下村博文らには、ぜひともそういうデータが出せるものなら出していただきたい。


それに、日本国内でも、国際結婚の場合は夫婦別姓で(※申請すれば同姓にもできる)、親子で苗字が違うことも多いのですが、そういう家庭では夫婦の絆や親子の絆がズタズタになっているのでしょうか? 


例えば、ラグビーW杯で活躍した松島幸太朗選手の父親はジンバブエ人で名前をロドリック・ンゴロと言うのですが、松島選手とロドリックさんの絆は苗字ごときでズタズタになっていたとでも言うのでしょうか?



大坂なおみ選手の父親はレオナルド・フランソワであって、「大坂」じゃないんですが、大坂選手と父レオナルド・フランソワ氏の絆はズタズタになっているのでしょうか? 大坂選手の一家は苗字のせいで崩壊しているとでも言うのでしょうか?



「苗字が違うと親子の絆がずたずたになってしまう」とか言ってる人たちは、実際に苗字が違う親子に対して、「お前たち親子の絆はずたずたなんだぞ」と言っているに等しく、本当に失礼な話です。


姓が違うと夫婦の絆や親子の絆がズタズタになるとか家族が崩壊するとか子供が不幸になるとか言う人たちは、「これが幸せなんだ」「こうしなければお前らは不幸になるぞ」と決めつけているに等しく、傲慢の極致とも言っても過言ではありません。幸せの形など他人に強要することじゃないでしょうに。



夫婦同姓が古来からの伝統という嘘


はすみとしこのように、夫婦同姓が日本の古来からの伝統であったかのように思っている人もいますが、それは法務省のHPを見るだけで否定できます。


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徳川時代
一般に,農民・町民には苗字=氏の使用は許されず。

明治3年9月19日太政官布告
平民に氏の使用が許される。

明治8年2月13日太政官布告
氏の使用が義務化される。
※ 兵籍取調べの必要上,軍から要求されたものといわれる。

明治9年3月17日太政官指令
妻の氏は「所生ノ氏」(=実家の氏)を用いることとされる(夫婦別氏制)。
※ 明治政府は,妻の氏に関して,実家の氏を名乗らせることとし,「夫婦別氏」を国民すべてに適用することとした。なお,上記指令にもかかわらず,妻が夫の氏を称することが慣習化していったといわれる。

明治31年民法(旧法)成立
夫婦は,家を同じくすることにより,同じ氏を称することとされる(夫婦同氏制)。
※ 旧民法は「家」の制度を導入し,夫婦の氏について直接規定を置くのではなく,夫婦ともに「家」の氏を称することを通じて同氏になるという考え方を採用した。

昭和22年改正民法成立
夫婦は,婚姻の際に定めるところに従い,夫又は妻の氏を称することとされる(夫婦同氏制)。
※ 改正民法は,旧民法以来の夫婦同氏制の原則を維持しつつ,男女平等の理念に沿って,夫婦は,その合意により,夫又は妻のいずれかの氏を称することができるとした。
ご覧の通り、明治9年から31年までは夫婦別姓と定められていました。夫婦同姓が義務化されたのは明治31年(1898年)のことであり、伝統なんかではなく、明治政府が作ったただの制度にすぎません。はすみとしこは「日本には日本の家制度があり、それを基軸に我が国は2679年続いてきました」などと妄言を垂れていましたが、その家制度もこの時に導入されたもので、1947年には終焉を迎えました。家制度は、2679年どころか50年続かなかったのです。はすみはそんなことさえ理解できていないのですね。まあ、はすみとしこの頭の悪さと嘘つきぶりと傲慢さと本性の下劣さは今更言うまでもありませんが。



なお、明治より前は名前の制度が今と全然違うことは、皆さんご存知であると思います。氏(うじ)とか姓(かばね)とか字(あざ)とか諱(いみな)とかいくつもあって現在と全然違いますし、木下藤吉郎→羽柴秀吉→豊臣秀吉とか桂小五郎→木戸孝允のように名前がコロコロ変わっていましたよね。


「姓+名前」で、基本的に一生名前は変わらず、結婚したら一方の姓を名乗るという現在の制度は、明治政府によって作られたものにすぎません。これを変え難い日本の古来からの伝統かのように言う奴らは、自分では何にも調べずに口から出まかせを言っているだけにすぎません。こんなものは別に伝統でもなんでもなく、「自分が知ってる現行制度」以上の意味はありません。



「配偶者と別の苗字を選ぶ」のではなく「自分の苗字のまま」なだけ


選択的夫婦別姓の話になると、「夫婦なのに同じ性になるのを拒否するなんて愛がないのか」と言う人がいます。そう考える人は同じ姓にすればいいだけのことで、「他人のことなんてほっとけよ」と思いますし、「名字と愛情と何の関係があるねん」と思うんですが、選択的夫婦別姓は、同姓を拒否するとか別姓を選ぶとかいうより、自分の苗字を続けて使用するだけのことです。


近年、職場などでも旧姓の継続使用が認められるようになりつつあります。住民票でも旧姓を併記できるようになりました。



自民党の中にさえ、
高市早苗(戸籍名:山本早苗)
加藤鮎子(戸籍名:角田鮎子)
松島みどり(戸籍名:馬場みどり)、
橋本聖子(戸籍名:石崎聖子)
など、旧姓を使って活動している人は何人もいます。野田聖子「跡取りムスメだったから、自分の名字は死守したい」という理由で、結婚せずに事実婚でした。(ちなみに、高市早苗と橋本聖子は選択的夫婦別姓に反対、加藤鮎子、松島みどり、野田聖子は賛成)


旧姓を継続して使用したい人は大勢いるわけでして、選択的夫婦別姓とは、配偶者と別の姓を選択すると言うより、自分の姓を継続して使用したいというだけの話です。


夫婦別姓と言うと、わざわざ配偶者と別の姓を選ぶ」みたいなイメージを持つ人が少なからずいるようですが、むしろ逆で、わざわざ姓を変える」ことをしないってだけのことです。


同じ姓でいたい人は同じ姓にして、姓を変えたくない人は変えないだけ。自分の好きな方を選べるんだから、反対する理由がないと思うんですけどね。



杉田水脈の非論理的な選択的夫婦別姓批判


さて、最後に、杉田水脈のブログに書かれた夫婦別姓批判を見てみましょう。

【選択制夫婦別姓】
そもそもその必要性を感じません。

私も結婚して姓が変わりましたが、知り合いや仕事の取引相手に
「結婚して、姓が"杉田"に変わりましました。」
と、お話したとき、
「そんなややこしい。」とか、
「なんで変わるんや!」
なんて一度も言われませんでした。

「そうなん!おめでとう。」
「おめでとう、よかったね。」
返ってきたのは祝福の言葉ばかりでした。
不便なんて一度も感じたことがありませんでした。

今のままでうまく機能している問題をわざわざ変える必要はないと思います。
まー、自分のことしか考えない奴ですね。


「必要性を感じません」「不便なんて一度も感じたことがありません」「今のままでうまく機能している問題をわざわざ変える必要はないと思います」って、杉田はそうなんでしょうよ。でも、必要性を感じて、不便を感じている人がいることは目に映らないんですね。同じ自民党内でも、野田聖子は夫婦同姓義務が理由で籍を入れていなかったわけなんですが。杉田水脈の頭の中は、自分の都合だけなんですね。


そして、杉田は今回のヤジと全く同様の主張をブログ内でしています。
「相手の姓になるのが嫌」なら、その人と結婚しないことをお薦めします。
事実婚をして、子どもを作るくらい相手が好きなのに「相手の姓になりたくない」とかたくなに言う人がそんなにたくさん存在するとは思えません。
子どもは確かにかわいそうです。そのかわいそうな状況を作っているのはかたくなな親であって、国でも法律でもありません。
自分のことしか考えない杉田水脈の考えはこの程度の物でしょうね。他人の考えを理解する知能もないし、理解しようともしない。だからLGBTの人を傷つける発言なんかも平然とできるんです。政治家以前に人間として最低だと思いますね。


この恥知らずな女は、今回ヤジを飛ばした事実を認めることも否定することもせず、電話をしている(フリ)をして、記者の質問に一切答えず逃げました。

 

ちなみに、杉田水脈は以前こんなツイートをしていました。
だったら逃げてんじゃねえ!


杉田の態度を「記者に向けた態度」とか「野党に向けた態度」とか勘違いしてはいけません。これは国民に向けた態度です。「国民のことなど考えていないぞ」「自分の都合しか考えないぞ」という態度に他なりません。一部報道によれば、自民党の党幹部が「党としては、調査はしたが誰の発言かわからないということにして、杉田議員にも何も答えるなと指示が出ている」などと語ったとされています(参照)。これが事実だとすれば、杉田の態度は、国民に向けた自民党の態度だと言って差し支えないでしょう。



人工的な「伝統」より、日本人の幸せを保守すべき


もしも夫婦別姓が強要されるならば、反対する人が大勢出てくるのは当然でしょう。私も反対します。しかし、現在主張がされているのは選択的夫婦別姓であり、夫婦同姓がいい人には何の悪影響もありません。嬉しい人が少し増えこそすれ、困る人は誰もいません。本来、反対する理由がないはずです。


それにもかかわらず選択的夫婦別姓に反対している人の主張は、大別すると結局のところ2つしかありません。


1.日本の伝統である


2.家族の絆が壊れる


1については、上で見たように、明治政府が定めただけの、人工的に作られた伝統にすぎません。


2については何の根拠もなく「別姓の夫婦や親子に絆はない」と妄想する傲慢な決めつけにすぎません。


どちらも論理性を欠いた傲慢な主張だと言わざるを得ません。


選択的夫婦別姓にしろ、同性婚にしろ、それらが認められたところで、喜ぶ人はいても、不幸になる人はいないはずです。反対している人たちの多くは「保守」を自認しているようですが、明治政府が作った人工的な「伝統」を保守して他人に押し付けるより、今の国民の幸せを保守してほしいと思います。

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