<ざっくり言うと>
  • 「外国人が日本でデモをすることは許されない」は、1978年のマクリーン事件の判決を曲解したデマ。
  • 判決では、外国人の政治活動を理由に法務大臣が在留許可の更新を認めなくても合法であるとしているが、外国人の政治活動そのものが認められないという判決は出ていない。
  • 逆に、判決は憲法21条で保障された言論・表現の自由が外国人にも及ぶことを確認しており、外国人の政治デモ参加は憲法上保障された権利である。
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中国共産党に反対する中国人が東京で活動しているらしいです。
これに対し、渡邉哲也がこんな発言をしています。
どうやら、他の発言も見てみると、渡邉は個人的に「賛同しない」のではなく、日本国内で外国人がデモを行うこと自体が「許されない」ことであると思っているようです。 >>一律認めないのが正しい。 >>主権者ではない外国人には許されない
>>外国人が日本で行う行為を否定 >>基本的に許される活動は友好親善活動に限定されている


しかし、上記の反中国共産党デモへの評価はともかくとして、「外国人にはデモ活動が認められていない」というような理解は、明らかに間違いです。今回は、それについて検証しましょう。



マクリーン事件の判決は「外国人のデモは違法」という判決ではない


渡邉が外国人にデモ活動が認められないという根拠にしているのが、1978年に出たマクリーン事件と呼ばれる判例です。渡邉はマクリーン事件の判例を根拠に、かつてこのような発言をしていました。 >>外国人は政治的デモや集会への参加、選挙への関与は出来ないわけです。


しかし、この理解は完全に誤りです。では、マクリーン事件について解説します。


1969年、外国人のマクリーン氏がべ平連」(ベトナムに平和を!市民連合)のデモに参加しました。また、入国管理事務所に届け出ることなく勤務先を移し、この2つを理由に、在留期間更新申請が却下されました。マクリーン氏はこれを不服とし提訴。しかし、1978年の最高裁判決では、

外国人の基本的人権は在留制度の枠内で保障されるにすぎないので、在留期間中の合憲・合法の行為を理由として、法務大臣は在留更新不許可処分を行うことができる。

とされ、法務大臣による在留更新不許可処分に違法性はないという結論がでて、マクリーン氏は日本を離れることになります。


ですが、ここで勘違いしてはいけないのが、この判決は、「在留中の政治活動を理由に在留許可更新を拒否しても違反ではない」というものであり、「外国人の在留中の政治活動は違法」という判決ではないという点です。


外国人の政治活動については、マクリーン事件では以下のように判決が出ています。

憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶ。

政治活動の自由についても、わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶ。

ご覧の通り、日本国憲法の保障する基本的人権は、性質上日本国民のみを対象としているものを除き、外国人にも等しく及ぶとしています。「日本国民のみを対象としている」権利には、選挙権や被選挙権などがありますね。


日本国憲法第21条には「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」とあります。当然のこと、言論の自由は「権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるもの」ではなく、外国人が政治的デモに参加する権利は、憲法で保障されているわけです。


たしかに、政治活動については、「わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるもの」は除くとありますが、それは「権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解される」政治活動、つまり選挙権や被選挙権やリコール運動などのことを指しており、デモや集会への参加は、外国人に認められない政治活動には含まれません。


渡邉哲也は、「わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるもの」に、「政治的デモや集会への参加」が含まれると考えているわけですが、そんな事実は存在しません。


渡邉は「間違った方向に世論が誘導される可能性もある」から、外国人のデモ活動は「わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動」に当たると考えているようですが、もしも「世論に影響を与える可能性がある」程度のことで政治活動が認められないのならば、出版等も含め、全ての政治活動が否定されることになり、判決は「外国人には政治活動は認められない」というものになっていたはずです。


外国人であっても、政治的デモや集会に参加することは合憲かつ合法的行為です。外国人が日本で中国共産党糾弾デモを起こそうが、反政府デモに参加しようが、政府応援デモに参加しようが、護憲デモに参加しようが、改憲デモに参加しようが、完全に自由です。


たしかに、マクリーン判決では、合憲合法の政治活動を理由に在留更新を不許可とする判断をする権限を法務大臣に認めましたが、それは法務大臣の裁量範囲が広いことを意味するものの、「外国人は政治的デモや集会への参加、選挙への関与は出来ない」ということを全く意味しません。



珍しく正しいケント・ギルバート


この件について、あのケント・ギルバートが、大変珍しく、正しい意見を述べております。(参照
 アパホテルが「南京大虐殺」などを否定する書籍を客室に置くことへの抗議デモが、東京・新宿で5日行われ、中華人民共和国(PRC)国籍の在日中国人らが参加した。

 ネット上では「デモなど、外国人の政治活動は違法」「逮捕して国外退去にすべきだ」などと書く人を見かける。

 もし、米国人である私が、今回のデモ隊の祖国であるPRCで「中国共産党の一党独裁体制を打倒しよう!」とデモをしたら国外退去になるか、刑務所行きだろう。PRCでは外国人に限らず、言論の自由や政治活動の自由が一切ないからだ。

 しかし、民主主義国家である日本で、私が「日本国憲法9条2項を削除しよう!」とデモをしても、国外退去や刑務所行きになる心配はない。「外国人だから」という理由で、言論の自由の一部であるデモなどの政治活動の自由を一切認めないなら、その国は民主主義国家とは呼べない。

 もっとも、外国人の政治活動の自由にはおのずと限界がある。国際慣習法上、外国人の「入国の自由」は保障されていないからだ。

 1978年の「マクリーン事件判決」で最高裁は、在留期間中に外国人が行った政治活動が合憲・合法だったとしても、その活動を理由として在留許可更新を拒否することは合憲だと判断した。

 だから、日本に共産党政権が誕生したら、私はビザ更新を拒否されても文句を言えない。そんな日本には住み続ける価値がないから構わないが。

 それがなぜかネット上では「外国人の政治活動は違法」というデマにすり替わる。各個人に高度なメディアリテラシー(=メディアの情報を見極める能力)が要求される時代である。
この引用部分でのケント・ギルバートの主張は、100%完全に正しいです。「外国人の政治活動は違法」というのはデマであり、「外国人は政治的デモや集会への参加、選挙への関与は出来ない」「基本的に許される活動は友好親善活動に限定されている」という渡邉哲也の主張は、100%間違いです。


渡邉哲也は「(外国人のデモ参加者を)炙り出して在留許可を取り消すべき」とまで言っていますが、そんな国は、ケント・ギルバートの言う通り、中国レベルの独裁国でしょう。


渡邉は、「拡大解釈で勝手に権利があるように振舞って」いたとか、「これまで厳しい処置が取られて来なかっただけの話」とか言っています。
つまり、渡邉は「外国人には政治デモに参加する権利はない」「外国人のデモ参加は、本来取り締まられるべき行為だ」と言っているわけですが、そんな事実はどこにもありません。


外国人にだって政治デモに参加する権利があることは憲法第21条が保証しており、法務大臣は、外国人の政治活動参加を理由に在留を認めないことが「できる」だけであり、在留を認めないのが標準なわけではありません。事実は真逆で、政治活動参加を理由に在留を認めないなんてことがないのが標準です。実際、マクリーン以外に政治活動参加を理由に在留が認められなかったケースを知りませんし、そのマクリーンだって、在留が認められなかった大きな理由は無届の転職です。


「なし崩し的にごまかされてきた」なんて事実は、渡邉哲也の脳内以外には存在しません。



外国人の言論の自由を制限する渡邉哲也


渡邉は、さらにこんなことまで言っています。 >>Q.政治的発言は許されますか?
>>A.評論の範疇であれば許される。活動を促す行為などは否定される。 活動と評論の境目です。



なんと、渡邉の主張によると、外国人の政治的発言は「評論の範疇」でなければ許されず、「活動を促す行為」などは否定されるそうです。


もちろん、この説明は間違いです。憲法21条の言論の自由は外国人にも及びので、外国人にも言論の自由があります。もちろん、活動を促す行為も自由です。第一、論評と活動を促す行為の区別なんてつけられないでしょうに。例えば、「現政権は素晴らしい政権であり、今後も長く存続されるべきものである」なんて言った場合、これは評論ですか? 現政権への投票を促す行為ですか? 区別なんてつきません。「評論はいいけど、活動を促す行為はダメ」なんて判決は一度だって出たためしはありません。


それに、もしも渡邉哲也の言う通りであれば、不当な扱いを受けている外国人労働者などが、デモなどで世論に訴えたり支援を呼びかけたりすることも許されないことになってしまいます。そんなんでは、外国人の人権が保護されなくなってしまいます。また、本国で虐げられている人たちが、外国に行ってその惨状を訴え救済を求めるようなことさえ否定されてしまいます。チベットやウイグルの人が、外国に行って自分たちの現状を訴えることもできなくなってしまいます。


そんなはずないことぐらい、誰でもわかりますよね。外国人の「論評」は許されても「活動」は許されないという渡邉哲也の説明は、マクリーン判決と照らし合わせても明らかに間違っています。



まとめ


繰り返しになりますが、憲法21条では、外国人にも言論の自由・表現の自由を認めており、外国人も政治デモや集会に参加することは合憲かつ合法です。ただし、その表現が、後でどういうふうに在留許可に影響を及ぼすかまでは、憲法21条は保証していない、というのがマクリーン判決です(参照)。


「表現をする自由はあるけど、その表現を理由に滞在許可を認めないことはあるよ」というのは、何やら矛盾しているようにも思えますが、これは外国人には「表現の自由」はあっても「入国の自由」はないせいです。


例えば、外国人が日本で「オレは絶対唯一神。日本で革命を起こして、オレを神と崇める宗教国家を作ってやるぜ!」と発言したり本を出したり集会を開いたりしても、言論の自由がありますので、口にするだけなら自由です。


しかし、「入国の自由」はありませんので、法務大臣が「こんなヤベエ奴、日本にいてもらっちゃ困る」と判断した場合、在留許可の更新を認めなかったり、一度離日した後の再入国を拒否したりすることは可能なわけです。これが、「外国人にも表現の自由はあるけど、入国の自由はない(入国を認めるかどうかは法務大臣に裁量権がある)」ということです。


何にせよ、マクリーン事件では「外国人の政治活動を理由に、法務大臣は在留許可の更新を認めないことができる」という判決は出たものの、「外国人の政治活動は認められない」などという判決は出ておらず、それどころか、逆に判決では外国人が日本国内で政治デモや集会に参加する表現の自由は憲法上保障されていることを確認しています。


従って、

「外国人は政治的デモや集会への参加、選挙への関与は出来ない」

「(外国人のデモは)一律認めないのが正しい」

「(政治デモは)主権者ではない外国人には許されない」

「(外国人に許されている政治活動は)基本的に許される活動は友好親善活動に限定されている」

という渡邉哲也の主張は、全て間違っています。


同じ間違いをしている人がネットには大勢いますので、お気を付けください。日本国憲法第21条の言論・表現の自由の保障は外国人にも及びます。日本では、外国人の政治デモや集会への参加は間違いなく認められています。

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