高須克弥院長(70)とは、famousでありinfamousでもある高須クリニックの院長ですが、ナチス大好き人間で「アウシュビッツは捏造だ」と言っている人としても有名なのです。アウシュビッツの話は次の機会にしますが、そんな高須院長は、当然のごとく、自分の都合のいいデマにはあっさり騙される御方なのであります。
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(本人のツイート)
「子供にあんな名文は書けません」と言っていますが、こういう「子供だから無理」なんていう思い込みを持ち出すあたり、流石高須先生です。僕らの予想を軽く超えてきます。「子供だから無理」なら、大谷翔平が高校生で162キロ投げたのも捏造ですし、石川啄木が16歳で中央歌壇にデビューしたのも捏造ですし、モーツァルトが12歳でオペラを作曲したのも当然捏造なのであります。
(なお、『アンネの日記』は、父であるフランクによる編集が加えられています。原本にある性に関する描写や(原本には「ファーストキスしちゃった、幸せ♥」みたいな内容がある)、母親に対する不満、批判がカットされています。現在ではオリジナルテキストも出版されています)
さて、『アンネの日記』が捏造だ、というのは、高須氏のようなナチス大好き人間の好むネタの一つであり、高須氏が挙げている筆跡もその一つです。高須氏は「サインと日記の文字は全く違います」なんて、見てきたような事を言いますが(高須氏は筆跡鑑定でもできるのか?)、そんな検証もとっくの昔になされていますし、ボールペンについても同様です。
ここで、ニューヨーク・タイムズの記事を引用してみましょう。

(ニューヨーク・タイムズ、1989年6月8日)
After years of detective work, the Dutch Government has for the first time proved the authenticity of Anne Frank's diary down to the last detail.
(長年の調査により、オランダ政府はアンネ・フランクの日記が、細部に至るまで真筆であることを初めて証明した)

Miss Frank's handwriting was closely analyzed by experts, as were specimens of her writing and those by 78 of her classmates. The experts took into account that sometimes Miss Frank used normal cursive lettering and sometimes a disconnected printing style. This is a common characteristic ''applicable to the writing of young people,'' the experts said. Samples of her writing are included in the book to support their conclusion that the diary was indeed written by Anne Frank alone.
(アンネの筆跡は、彼女と彼女のクラスメート78人の手書きのサンプルとともに、専門家により詳細に調査された。専門家は、アンネが筆記体と楷書体の両方を使っていることに注目した。専門家によれば、これは若者の筆跡によく見られる特徴であるという。(アメリカで新たに出版される版に収録されている)アンネの文字のサンプルは、日記がアンネ・フランク一人によって書かれたものであるという結論を裏付けるものであった)
というわけで、専門家の筆跡鑑定により、アンネの日記はアンネの真筆である、という結果が出ています。高須氏がどういう根拠を元に「アンネのサインと日記の文字は全くちがう」なんて言っているのか分かりませんが、素人の意見と、専門家の筆跡鑑定と、どっちが信用できるか、言うまでもありませんね。なお、この鑑定結果が出たのは1989年のことであります。
高須氏は「当時ボールペンはない」とも言っていますが、それも『アンネの日記』否定論者の定番です。そして、ニューヨーク・タイムズの記事は、そこにも言及しています。

The Forensic Science Laboratory report also points out that the paper, ink and glue in the diary and some of her accompanying loose sheets all existed in the early 1940's, before Miss Frank and her family were betrayed in their hiding place in Amsterdam and sent away to concentration camps.
The glue and fibers used in the binding of the diaries were analyzed by infrared spectrometry. Both were found in common use when Miss Frank wrote her diary. After 1950, a different kind of synthetic glue came into use. Similarly, the paper used in the diary was examined by X-ray fluorescence and found to have been manufactured between 1939 and 1942.
(また、法科学研究所の報告書は、日記に使われた紙、インク、糊およびルーズリーフは、全て1940年代前半に存在していたと指摘している。(略)
日記に使われた紙は、X線検査にかけられ、1939年から1942年の間に作られたものであることが判明した)

During a criminal trial for defamation against neo-Nazis held in Wiesbaden, West Germany, in 1980, Mr. Barnouw said, the defendants maintained that the diary was a fake because corrections had been made in black, blue and green ink with a ballpoint pen and that such pens were not produced until 1951. The defendants could not produce any examples of such corrections, however. Mr. Barnouw noted that changes in the diary by Otto Frank, Anne's father, were made in pencil.
Although the ballpoint theory was discredited, it continued to be used by neo-Nazis in Europe and the United States. Anti-Semitic pamphlets cited in the book show that the neo-Nazis had a larger aim in trying to discredit the diary as a hoax: to ''prove'' that there had never been a ''final solution'' plan to exterminate the Jews.
((『アンネの日記:校訂版』の編集者である)バーナウ氏によれば、1980年に西ドイツで開かれた、ネオナチによる中傷についての刑事裁判では、被告人であるネオナチは、日記の訂正箇所は黒・青・緑のボールペンを使って書かれており、そんなものは1951年まで存在しなかったのであるから、日記は偽書である、と主張した。しかし、被告人は、そのような訂正箇所の例を示すことは出来なかったのである。アンネの父、フランクは日記に変更を加える際に鉛筆を用いたことも、バーナウ氏は指摘した。
ボールペン理論は崩れたにも関わらず、未だに欧米のネオナチによってこの捏造説は唱えられ続けている。反ユダヤ主義のパンフレットは、ネオナチがアンネの日記を捏造として貶め、ユダヤ人絶滅計画などというものはなかったのだと証明しようとしていることを示している)
というわけで、『アンネの日記』捏造説は、もう30年も前に論破され、高須氏が主張しているボールペンについても、『アンネの日記』にボールペンで書かれた箇所などないことははっきりしているわけです(このへんのことは、日本のwikipediaにも載っています)。
30年も前に論破されたことを今更堂々とツイートするあたり、高須氏が自分に都合のいいことを簡単に鵜呑みにする人間であることがよくわかります。概して、陰謀論というものは、こういう人が信じ、広めるものですね。「9.11はアメリカの自作自演だ」とか「アポロは月に行っていない」とかが陰謀論の典型例ですが、「ホロコースト否定説」も陰謀論の典型例の一つです。高須院長は、見事なまでに、30年も前に論破されている陰謀論に未だにしがみついています。きっと、こういう人は、いかなる証拠をいかなる研究機関が示そうと、自分に都合のいい証拠しか認めないので、いつまでも陰謀論にしがみくことでしょう。
基本的に、こういうものは、専門家の意見に耳を傾けましょう。素人の勝手な陰謀論は、多くの場合、ごくわずかな根拠を元に、勝手な思い込みで展開されています。専門家も間違ったり意見が異なったりすることは多いので鵜呑みにするのは危険ですが、素人に比べれば間違う可能性は遥かに低いですし、まして欧米の研究機関の複数の専門家によるものであれば、その信頼性は素人とは比較になりません。多くの専門家の意見を差し置いて、都合のいい素人の意見に耳を傾けてはいけません。
① 専門家の意見に耳を傾けよう。
② 自分に都合がよいからといって、素人の意見を鵜呑みにするのはやめよう。
③ 上記2つが実行できない高須院長のような人を信じてはいけない。
世界的に有名な、ナチスによるユダヤ人迫害の象徴とも言える『アンネの日記』。高須院長は、この日記が捏造だというのです。

(本人のツイート)
「子供にあんな名文は書けません」と言っていますが、こういう「子供だから無理」なんていう思い込みを持ち出すあたり、流石高須先生です。僕らの予想を軽く超えてきます。「子供だから無理」なら、大谷翔平が高校生で162キロ投げたのも捏造ですし、石川啄木が16歳で中央歌壇にデビューしたのも捏造ですし、モーツァルトが12歳でオペラを作曲したのも当然捏造なのであります。
(なお、『アンネの日記』は、父であるフランクによる編集が加えられています。原本にある性に関する描写や(原本には「ファーストキスしちゃった、幸せ♥」みたいな内容がある)、母親に対する不満、批判がカットされています。現在ではオリジナルテキストも出版されています)
さて、『アンネの日記』が捏造だ、というのは、高須氏のようなナチス大好き人間の好むネタの一つであり、高須氏が挙げている筆跡もその一つです。高須氏は「サインと日記の文字は全く違います」なんて、見てきたような事を言いますが(高須氏は筆跡鑑定でもできるのか?)、そんな検証もとっくの昔になされていますし、ボールペンについても同様です。
ここで、ニューヨーク・タイムズの記事を引用してみましょう。

(ニューヨーク・タイムズ、1989年6月8日)
After years of detective work, the Dutch Government has for the first time proved the authenticity of Anne Frank's diary down to the last detail.
(長年の調査により、オランダ政府はアンネ・フランクの日記が、細部に至るまで真筆であることを初めて証明した)

Miss Frank's handwriting was closely analyzed by experts, as were specimens of her writing and those by 78 of her classmates. The experts took into account that sometimes Miss Frank used normal cursive lettering and sometimes a disconnected printing style. This is a common characteristic ''applicable to the writing of young people,'' the experts said. Samples of her writing are included in the book to support their conclusion that the diary was indeed written by Anne Frank alone.
(アンネの筆跡は、彼女と彼女のクラスメート78人の手書きのサンプルとともに、専門家により詳細に調査された。専門家は、アンネが筆記体と楷書体の両方を使っていることに注目した。専門家によれば、これは若者の筆跡によく見られる特徴であるという。(アメリカで新たに出版される版に収録されている)アンネの文字のサンプルは、日記がアンネ・フランク一人によって書かれたものであるという結論を裏付けるものであった)
というわけで、専門家の筆跡鑑定により、アンネの日記はアンネの真筆である、という結果が出ています。高須氏がどういう根拠を元に「アンネのサインと日記の文字は全くちがう」なんて言っているのか分かりませんが、素人の意見と、専門家の筆跡鑑定と、どっちが信用できるか、言うまでもありませんね。なお、この鑑定結果が出たのは1989年のことであります。
高須氏は「当時ボールペンはない」とも言っていますが、それも『アンネの日記』否定論者の定番です。そして、ニューヨーク・タイムズの記事は、そこにも言及しています。

The Forensic Science Laboratory report also points out that the paper, ink and glue in the diary and some of her accompanying loose sheets all existed in the early 1940's, before Miss Frank and her family were betrayed in their hiding place in Amsterdam and sent away to concentration camps.
The glue and fibers used in the binding of the diaries were analyzed by infrared spectrometry. Both were found in common use when Miss Frank wrote her diary. After 1950, a different kind of synthetic glue came into use. Similarly, the paper used in the diary was examined by X-ray fluorescence and found to have been manufactured between 1939 and 1942.
(また、法科学研究所の報告書は、日記に使われた紙、インク、糊およびルーズリーフは、全て1940年代前半に存在していたと指摘している。(略)
日記に使われた紙は、X線検査にかけられ、1939年から1942年の間に作られたものであることが判明した)

During a criminal trial for defamation against neo-Nazis held in Wiesbaden, West Germany, in 1980, Mr. Barnouw said, the defendants maintained that the diary was a fake because corrections had been made in black, blue and green ink with a ballpoint pen and that such pens were not produced until 1951. The defendants could not produce any examples of such corrections, however. Mr. Barnouw noted that changes in the diary by Otto Frank, Anne's father, were made in pencil.
Although the ballpoint theory was discredited, it continued to be used by neo-Nazis in Europe and the United States. Anti-Semitic pamphlets cited in the book show that the neo-Nazis had a larger aim in trying to discredit the diary as a hoax: to ''prove'' that there had never been a ''final solution'' plan to exterminate the Jews.
((『アンネの日記:校訂版』の編集者である)バーナウ氏によれば、1980年に西ドイツで開かれた、ネオナチによる中傷についての刑事裁判では、被告人であるネオナチは、日記の訂正箇所は黒・青・緑のボールペンを使って書かれており、そんなものは1951年まで存在しなかったのであるから、日記は偽書である、と主張した。しかし、被告人は、そのような訂正箇所の例を示すことは出来なかったのである。アンネの父、フランクは日記に変更を加える際に鉛筆を用いたことも、バーナウ氏は指摘した。
ボールペン理論は崩れたにも関わらず、未だに欧米のネオナチによってこの捏造説は唱えられ続けている。反ユダヤ主義のパンフレットは、ネオナチがアンネの日記を捏造として貶め、ユダヤ人絶滅計画などというものはなかったのだと証明しようとしていることを示している)
というわけで、『アンネの日記』捏造説は、もう30年も前に論破され、高須氏が主張しているボールペンについても、『アンネの日記』にボールペンで書かれた箇所などないことははっきりしているわけです(このへんのことは、日本のwikipediaにも載っています)。
30年も前に論破されたことを今更堂々とツイートするあたり、高須氏が自分に都合のいいことを簡単に鵜呑みにする人間であることがよくわかります。概して、陰謀論というものは、こういう人が信じ、広めるものですね。「9.11はアメリカの自作自演だ」とか「アポロは月に行っていない」とかが陰謀論の典型例ですが、「ホロコースト否定説」も陰謀論の典型例の一つです。高須院長は、見事なまでに、30年も前に論破されている陰謀論に未だにしがみついています。きっと、こういう人は、いかなる証拠をいかなる研究機関が示そうと、自分に都合のいい証拠しか認めないので、いつまでも陰謀論にしがみくことでしょう。
基本的に、こういうものは、専門家の意見に耳を傾けましょう。素人の勝手な陰謀論は、多くの場合、ごくわずかな根拠を元に、勝手な思い込みで展開されています。専門家も間違ったり意見が異なったりすることは多いので鵜呑みにするのは危険ですが、素人に比べれば間違う可能性は遥かに低いですし、まして欧米の研究機関の複数の専門家によるものであれば、その信頼性は素人とは比較になりません。多くの専門家の意見を差し置いて、都合のいい素人の意見に耳を傾けてはいけません。
==愛国カルトに騙されないために==
① 専門家の意見に耳を傾けよう。
② 自分に都合がよいからといって、素人の意見を鵜呑みにするのはやめよう。
③ 上記2つが実行できない高須院長のような人を信じてはいけない。
コメント
正しくは「真筆であることを初めて認めた」と「素人の意見」ではないでしょうか?(真筆が神秘つに初めてが始めて意見が違憲になっている)
百田といい高須といい、右翼老害はなんとかならないのか
ナチスやアンネの日記に対する見解におかしなところがあったとしても
「だからその人物の他の発言も信用ならない」と全否定するのは
おかしいと思いますけど。
また、数回前の記事で下記のような記載がありましたが
>「1ビット脳」とは、複雑な世界を理解することも、理解できないことを理解できないとありのまま受け止めることもできず、「YesかNoか」「正義か悪か」「敵か味方か」のように、極限まで単純化して考えることしかできない人のことです。
高須院長の「アンネの日記に対する見解」という一つの考えを根拠に
「この人自体が信用出来ない」と決めつけるというのは
>「YesかNoか」「正義か悪か」「敵か味方か」のように、極限まで単純化して考えること
に該当すると思うのですが、この点も矛盾を感じます。
(言ったことと行動が一致していない。単純化して敵味方を決めつけることを批判しながら、自身もそれを行っているように見えますよ)
カルト宗教とか暴力団を擁護したり賛美してる奴を全否定するのは妥当だろう
それを言ったりやったりしたらアウトって事が世間にはあるんだよ
アンネの日記の真贋を問うたら「ナチス擁護」になるんですか?
それこそ決め付けではないでしょうか。
前の記事にて
「東京大空襲を国策の誤りと指摘することの何が米国擁護か」と指摘されていましたが
そのレトリックに則ると、アンネの日記の真贋を問うたことで「ナチス擁護」のレッテルを貼るのもおかしいと思いますけど。
ツイートから垣間見える高須院長の、基本的なものの考え方や結論の導き方
姿勢に対して「も」だと私は理解しましたけど。
1子供には書ける筈がないという、安易なレッテル貼り
2ボールペンはまだ発明されていない&サインの筆跡と日記の字が違う
事の証明や、既に下されている鑑定や結論を覆す証拠や論もあげていない。
(というか管理人様が引用された鑑定結果の記事には目を通してる???)
3自身の知名度や立場を考えず、無責任かつナチスに肯定的だと、取られかねない
ツイートを(日本語とはいえ)世界に垂れ流し
管理人様がおっしゃりたいことはもっとあるのでしょうが、私が理解できた
上記3点だけに絞っても、こんなツイート内容を軽々しくするようじゃ、他の件で
述べる見解とやらも、もっというと、人となりだって疑わしく思います。
彼らはどんなに辺境のどんなに細々とやっているところでもひとたびその問題を取り上げたら目ざとく見つけて一気に叩きのめそうとします(あんたらの方がよっぽど陰謀機関じみてるわと言いたい)。
小生もこのブログの愛読者で全ての記事に目を通させていただきましたので、今までにも似たようなしつこい連中が管理人様に論破されていく様は何度となく見ていますが、管理人様は人が良すぎるというか、やや意見を取り過ぎかなという感がありますので、これからユダヤがどうしたとか某財閥がどうしたとかニューワールドオーダー云々等と一言でも宣ってきたら、なるべく構わず放っておくほうがベターだと進言いたします(釈迦に説法ではありましょうが)。
彼らを説得することは無理です。不可能です。アンネの日記破損犯のような病気の人ばっかりですから。しかるべき医療機関に送致させるしか方法はないです。そんな無駄な事に時間を使うより、これまで通り正しい情報の取り方、見方の啓蒙に努めて頂くことを切に願います。
上記3点だけに絞っても、こんなツイート内容を軽々しくするようじゃ、他の件で
述べる見解とやらも、もっというと、人となりだって疑わしく思います。
これこそまさに「感じ方は人それぞれ」という部分だと思うんですよ。
2つ前の記事「1ビット脳の産経新聞:「日本の戦争を悪く言うことは原爆を肯定することだ」で
民主党の議員が東京大空襲を「国策の誤りの結果だ」と言及した件に触れていましたが
発言全文を読んでみたところ、「国策の誤りの結果」という指摘のみで
そもそも東京大空襲が民間人殺戮の戦争犯罪であることを言及していません。
これに対して、産経新聞や他にそれを聞いた人が
「戦争犯罪である事実に触れず、国策の誤りの結果とだけ言うのは、戦争犯罪としての現実を軽視しているんじゃないか」と感じるのもありうることだし、そんなにおかしなことじゃないと思います。
でも、管理人さんは東京大空襲の発言の件においては
「別に東京大空襲を肯定したわけではない」とスルーされるのに
高須院長の発言になった途端
「アンネの日記の真贋を問うなんて、この人の発言は全て信用出来ない」なんて
レッテルを貼られようといしています。
管理人さんのこのような言論姿勢に対して、違和感を抱いています。
また、ここのコメント覧で「ナチスを肯定するなんて!」と批判する方が多いですが
その気持はごもっともです。私もナチスなんて肯定できませんし、あり得ません。
でも、私にとっては東京大空襲もユダヤ人虐殺に匹敵する最悪の蛮行ですので
その戦争犯罪としての側面を軽視しているように受け取れる民主党の件の発言を
「問題ない」とスルーされる管理人さんが、それなのに高須院長の発言の件になった途端
ナチス擁護のレッテル貼りを行ってまで叩くのは、言論姿勢としておかしいと思います。
ナチスがその時代では珍しい政策を行っていたのもまた事実ですが、それが出来たのは、民族・人種差別を煽って国民を興奮状態にさせていたことの要因が強かった様に感じますね。
ですから、「アンネの日記捏造説を唱えているからこの人はナチス肯定派だ」ではなく、「ナチス肯定派の高須院長は、自説の補強でアンネの日記捏造説を唱えたことがある」であり、
また記事の最終的な結論は「高須院長は初歩的なデマを信じ込む人間だから信用できない」であり、アンネの日記云々はその実例として挙げただけだと思います。
東京大空襲の喩えを使うならば「東京大空襲はなぜ起こったか」という話に「東京大空襲は起こっていない!」とか「東京大空襲で使われたのは原爆だ!」とか言い出す人間が紛れ込んでいるようなもので、そんなのは端から信用を失って当然です。
また、以前の記事の細野氏の発言についても「戦争犯罪としての現実を軽視している」と考えるのは自由だと思います。
ですが産経新聞はそうではなく「国策の誤り」という言葉を勝手に「侵略戦争を仕掛けたこと」だとし、「結果」という言葉の上に「仕方がない」という文句を勝手に連想し、さらに全く別の文脈で言った「反省しなければならない」を連結し「日本が一方的に悪いことにしたい」だと勝手に思い込み、「細野は日本は侵略国家だから東京大空襲を受けたのは当然だと言ったぞ!」と言ってもないことを言ったかのように書いているから問題なのです。
「ホロコーストと日本の戦争を同一視している!」などは、発言の中で「ホロコーストは明らかな戦争犯罪だから同列に語るべきではない」とはっきり言っているのに真逆の事を書いてしまっています。
当該記事の趣旨は「産経新聞は論理が飛躍していて問題だ」であり、「細野氏の発言は問題ない」というものではありません。少なくとも私はそう読みました。
コメントありがとうございます。私と異なる意見の方であっても、前の記事までちゃんと読んでコメントされる方は、大歓迎です。
すでに「目覚めても寝てもない日本人」さんが私に代わって指摘して下さっていますが、この記事だけではあまり触れていませんが、高須氏は数多くのナチ関連ツイートをしていまして、アウシュビッツを連合国による捏造の産物と主張することはもちろん、中には「ナチスの構想は現代を凌ぐ。完成したのを見たかった第3帝国」
https://twitter.com/katsuyatakasu/status/362837032269131777
なんて発言まであります。決して、『アンネの日記』の1件だけで、「ナチス擁護のレッテル貼り」を行っているのではありません。高須氏のナチス擁護発言は実に数多くあるのです。
次に、産経記事記事につきましては、産経記事は細野氏の「国策の誤り」という発言を、自分に都合のいいように拡大解釈しているわけであります。細野氏は、一言も「日本は侵略戦争を仕掛けたのだから米軍による無差別空襲を受けても仕方がない」という発言はしていないにもかかわらず、言っていない発言を、言ったかのように勝手に解釈して、レッテル張りを行っているわけです。
一方、高須氏については、「『アンネの日記』は捏造だ」と発言したその表面的なところを取り上げて、その1点だけで「高須氏は信用できない」と言っているのではなく、30年も前に論破されたデマに未だにしがみつくという、考え方といいますか、思考の姿勢について言っているわけです。
基本的なことを調べない、自分に都合のいいことは鵜呑みにする、自分の方が専門家より正しいと思い込む、そういう思考だからこそ、こんなカビの生えた『アンネの日記』捏造論を未だに唱えられるわけです。そのような思考が根本にあっては、他の発言も信頼性を無くしてしまうのは当然のことです。
管理人さんが言いたいことは、アンネの日記の正当性だとかアポロや911が陰謀か否かではなく
①専門家の意見に耳を傾けよう。
②自分に都合がよいからといって、素人の意見を鵜呑みにするのはやめよう。
そしてそれらができていない高須氏のような人間を信用してはいけない。
ということではないでしょうか?
>「アンネの日記の真贋を問うなんて、この人の発言は全て信用出来ない」
こんなことは管理人は一言も言ってないです。
>その戦争犯罪としての側面を軽視しているように受け取れる民主党の件の発言
>ナチス擁護のレッテル貼り
前の記事をもう一度読んでください。
あくまで細野氏は東京大空襲に至る過程に「国策の誤りがあった」と言ってるだけにすぎません。
戦争犯罪でないとも言ってません。
私も広島出身者ですから空襲や原爆投下を肯定する発言は許せません。
しかし、戦争を回避できなかったという意味で日本の政策に誤りがあったことは事実です。
上のほうで他の方が書かれているように「残虐行為」とまで細野氏は言っています。
彼にアメリカ擁護や戦争犯罪軽視の考えはなかったと思います。
それに対して高須氏は「アンネの日記」を捏造扱いするだけでなく、ホロコーストそのものを否定したりナチス賛美のツイートも多くしている人物です。レッテルでもなんでもないです。
なお、細野氏の発言についてですが、細野氏は東京大空襲の犯罪性について言及していませんが、細野氏の発言は「過去の総括」をテーマにしていましたので、東京大空襲の犯罪性については、そこで言及していなくても、文脈上おかしなことはなく、糾弾されねばならないような発言ではありません。
もしも細野氏が他の場所で「東京大空襲は日本が悪かったのだから仕方なかったのだ」と発言したのなら、細野氏があの場で東京大空襲の犯罪性について言及しなかったことは、細野氏の歴史認識を表している、と言えますが、それなしに細野氏が東京大空襲に「言及しなかった」ことを根拠に、「東京大空襲を容認した」と読むのは不可能です。
例えば、『はだしのゲン』では、「日本が戦争を始めたせいで原爆を落とされた」という発言がありますが、『はだしのゲン』が原爆容認論と真逆であることは他の箇所から明らかです。「日本の国策の誤りで原爆(空襲)があった」という考えと、「原爆(空襲)は許せない」という考えとは、対立する考えではなく、一人の人が両方の考えを持つことは可能なのです。しかし、産経新聞は1ビット脳思考であるために、この2つを相反する共存不可能なものとしか考えることが出来なかったのです。
重箱の隅をつつき回すような訓詁学を披露した挙句、論破されると逃げるなんてあり得ないですよね(笑)
まともな人間なら、因縁吹っかけて言い負かされたら謝罪くらいするだろ
投稿からすでに何日も経っててのその返信ならともかく、たった1時間程度の空きで人を煽るようなコメントはいかがなものかと思う。
実際、そういう事を熱心にするのはナチ親派の歴史修正主義者ばっかなんだけど・・・
本当はリアルタイムな記事が書けるといいんですが、場合によっては1か月に1つしか記事が書けないこともありますので、なかなかそうはいかないのです。2ちゃんねるまとめサイトは毎日更新どころか、1日に何件も更新しますが、やっぱあれって広告収入で食べていけるような額が入るんですかね?
これもすごいですよ。
「ウソの中央構造線」といって引用してる地図は、どうみても川内原発の真上。
「もう少し拡大した地図を見てみよう」といって引用するのは、なぜか先ほどとは無関係な、原子力規制員会のHPの、電力会社が持ってきたと思われる活断層分布図。
上念司さんの、恣意的にもほどがある悪質な世論誘導です。
突っ込みどころ満載なのではないでしょうか。
リアルタイムな記事を読みたいのが本音ですがきちんとソース付きで反論や批判をするのは時間と体力を使うので難しそうですね
有名なまとめサイトになるとすごい収入があるみたいですよ(バイト含む複数人で運営しているみたいです)
それゆえ閲覧数を増やすために意図的にタイトルを改変したり
元スレに介入してスレ内で対立を煽ったり
賛否あるネタに対して片方の意見だけ集めてまとめたりで問題ありですけどね
自分でも調べてみて、高須院長が極端にナチスに肩入れしている事を初めて知りました。
私もナチスを擁護するつもりはさらさらありませんので(ぶっちゃけドイツ嫌いなんです)
この件で「印象操作じゃないか」と指摘したことは撤回します。失礼しました。
ただ、東京大空襲の件なんですが、こちらは強い拘りと持論があるので
改めて書き込ませていただきます。
私は小学校の頃から、図書室の本で「空襲」「原爆」「沖縄戦」など
米軍により無差別殺戮された民間人の被害、そしてその手法を読んできました。
本当に酷いです。
軍需目標の有無を問わず、人口順に市町村を並べ、上から順に住民ごと焼夷弾で焼き払う。
農作業中の老婆、登下校中の子供、旅客運搬中の普通列車、民間の疎開船を
それと認識した状態で意図的に攻撃し殺害、殺傷。
原爆に至っては「軍都広島を狙ったのだ!」と豪語しながら、
爆心地は住宅街の真上。
沿岸部の軍需工場は全壊を免れ、跡形もなく消え去ったのは
今の平和公園の場所に広がっていた住宅街で
爆心地から500メートルには小学校、そこにいたのは幼く疎開できなかった低学年児童。
投下した時刻は、最大限に市民を死傷させるため通勤通学時間帯。
ただ、原爆の場合、当日に亡くなられた方がおそらく数万人とされていて
その後に負傷や原爆症で命を落とされた方が積み重なり、15万人を超えていますので
単純に「その攻撃の最中に命を落とした人の数」で言いますと
おそらく東京大空襲が一番ひどいです。(二時間半で10万人焼き殺していますから)
私は戦争で民間人を意図的に攻撃し、殺傷することが絶対許せないので
世界中の事例をいろいろ調べてきましたが、時間単位の殺害人数で考えると
米軍の日本への無差別爆撃による虐殺は、正直常軌を逸しているレベルと考えています。
続きます。
私は米軍の無差別爆撃と原爆が絶対許せません。
それに伴い、細野氏の発言内容なんですが
「米軍による民間人無差別殺戮の異常性、残虐性、非道性」に一切言及せず
「東京大空襲を、日本が過去の戦争責任を思い返し反省する材料」のように捉えていると、私には感じました。
せめて一言でも「これは許されざる戦争犯罪であることを前提とした上で」など
言及してくれていれば、無差別爆撃と原爆が絶対に許せない私もまだ納得できるのですが
それがないので、強い違和感を感じています。
戦争するべきではなかった、とか、戦争の是非とか
そういう問題や議論があることは重々承知ですが、それ以前の問題として
「いくら戦争相手国だからといって、都市ごと民間人を焼き殺してよいのか」という
根本的な部分に対する言及がないのは、突っ込みどころにされても仕方ないと思います。
また、細野氏の場合は単なる言葉足らずであり
本人は「東京大空襲は戦争犯罪」としっかり考えているのかもしれませんが
たまに左翼寄りの方で
「無差別爆撃は侵略戦争の報い。ああいう目にまたあわないために平和を守りましょう」
というような、私からするととても受け入れがたい発想の意見をいう人もたまにいますので
(どこが受け入れがたいかというと、この手の意見は平和を希求しているように見えるものの、意図してか意図せずか、実質的に米軍の無差別爆撃を擁護することになってしまっています)
今回の細野氏の発言は、私からすると言葉足らずだと思いますので
それがこういう、私が許せないと前から思っている発言と内容的にかぶっていて
それで今回、かなりの違和感を感じました。
原爆や東京大空襲が卑劣な戦争犯罪だ、ということには私も同意しますが、細野氏は東京大空襲は米軍による残虐行為だ、と記者からの質問に答えているんですよ。
http://www.sankei.com/life/news/150317/lif1503170023-n1.html
東京大空襲の犯罪性に言及しなかったことは、東京大空襲を擁護している意味にはならないんです。それを産経新聞は「YesかNoか」「OnかOffか」という単純な考え方しかできないから、「東京大空襲は日本の国策の誤りの結果招いてしまった」と言うだけで、東京大空襲容認論と受け取る。
私は細野氏を擁護しているのではなく、あまりにも単純で自分勝手な解釈をする産経新聞を批判している、とご理解ください。
人命は等価であり重慶爆撃も東京空襲もドレスデン空襲も「戦争犯罪」
お返事ありがとうございます。
>私は細野氏を擁護しているのではなく、あまりにも単純で自分勝手な解釈をする産経新聞を批判している、とご理解ください。
この部分は理解できました。
ちなみに予め断っておきますと、此処から先は個人的な私感です。
記者会見で直接「どうお考えか」と質問された上で
「戦争犯罪です」と応えるのは、ある意味当然の反応なのかなと思います。
(例えば女性軽視発言で国会で叩かれるような議員だって、のちに記者から質問されれば
「女性の権利は大切です」くらいは言うのと同じようなことだと感じます)
なので、細野氏個人を強く批判するつもりはもうないですけど
東京大空襲、という題材に対して「日本の戦争責任の教材、教訓」っていうような感覚を
真っ先に浮かべてしまう方なのかなぁ、と私は感じました。
(ただここは、受け取る人によって感じ方は違うでしょうが…)
ただこれは民主党が、とか細野氏だからという話ではなくて
自民党だって東京大空襲を指揮したカーチス・ルメイに勲一等旭日大授章を与えるという
トンデモないことしてますし、それに対してはらわた煮えくり返る気分です。
結局この政党だからどうこうという話ではなくて、個々人の重要視する部分や感覚の違いなのかな…とも感じています。
>「常を逸しているレベル」という線引きの基準、否、そもそもかかるレベルを設定する意味自体理解不能。
>人命は等価であり重慶爆撃も東京空襲もドレスデン空襲も「戦争犯罪」
人命の重さにレベル(階級)を設定しているつもりはないです。
常軌を逸しているというのは、行った側に対して言っています。
たとえば、市街地に焼夷弾一発を投下するのも、核爆弾を投下するのも
同じ「戦争犯罪」だと思いますが、被害の重大さや残虐非道さを考えますと
明らかに「市街地に対して核爆弾を投下する」方が著しく酷いので
常軌を逸していると言っておかしくないと思います。
ただ、やられる側(例えばそれで家族を殺された側)からしますと
同じ殺されたことにかわりはないので、人命の重さに違いはないという理屈はわかります。
しかし、その理屈を加害側にまで適用してしまうと
焼夷弾一発投下しようが、核爆弾を投下しようが変わらないという理屈になりかねないので
かえって加害側に有利に働くような状態に陥ると考えています。
「常」ではなく「常軌」の入力ミスでした。
本題ですが、加害者側が「一人殺そうが一万人殺そうが同じ」といった論理をふりかざす可能性はないと思います。
「過去の事例のように大量の犠牲者が出たわけではなく、せいぜい数百人程度に過ぎない」といって正当化を図る事はあり得ると思いますが。
お返事ありがとうございます。
これはNetrightHunterさんに対して反論とか、そういう意味ではなくて
私が「戦争犯罪としても常軌を逸している」というような「レベル」的な記載に拘る理由を
一応お伝えしようと思います。
youtubeなどでも、原爆や無差別爆撃関連の動画があり
その中でも主に英語圏のもの(BBC制作など)に付いている英語コメントで
下記のようなニュアンスのものが多く見受けられます。
・戦争とはなんて悲惨なのでしょう
・人は争いをやめない愚かな存在ですね
・とても悲しい歴史です
上記のような感想は間違いではないと思うのですが、そもそも個別の作戦や戦災が
「戦争犯罪である」という認識が抜け落ちているか、そこに考えが至っていなくて
情緒的かつ、責任の所在を曖昧になってしまっていると感じます。
「戦争とはなんて悲惨で愚かなのでしょう」という言葉は、まさにそのとおりなのですが
無差別爆撃や原爆投下を行った側(アメリカ)からしますと
「そうですね、戦争と人は愚かなものですね」とその言葉に乗っかれることは
【民間人への無差別殺戮】という自らの戦争犯罪を
「戦争の悲惨さ、人の愚かさ」という曖昧な言葉(人の業、的な観念)に溶けこませてしまい
結果、戦争犯罪としての追求や道義的責任を逃れやすくなってしまうと感じています。
(まぁここは、私が深く考え過ぎなのかもしれませんが、私はそう思います)
なので、もちろん戦争で失われた人命の重さに差はなく
どの戦争犯罪も許されるものではないことは前提とした上で、
私としては、無差別爆撃や原爆の「攻撃手法の度合いとしての非情性、異常性」も
忘れてはならないところだと考えていて、そのような考えが
「常軌を逸しているレベル」という書き込みになりました。
(決して、重慶爆撃やドレスデン爆撃などの他の戦争犯罪を軽視しているわけではないことをお伝えしたいです)
ここでもう吹き出した、訴訟
(一応)医学関係者である高須氏ならご存知でしょうが、アメリカで活躍している医学者に矢野祥さんという方がいらっしゃいまして…(日本人と韓国人のハーフだそうです。すごいっ!)。
幼い頃から天才として知られ、9才にて飛び級にて大学へ入学したのですが、その際に「僕、9歳の大学生」という本を執筆しています。
高須氏が矢野さんのことを知っていたら、当時アンネフランクよりも年下の彼が本を書けるのですから、子供があんな文を書けるはずがないとは言えないはずなんですがね…。無知かな?
病院は判断早くしないといけないから責任者の権力強いから院長なら、政治についてはおだてる人間しかいないでしょうからね。
病院は人助ける仕事だから、医術について対立はあり得るが村社会だから、外のことと関心薄いしそれで責任者の権力強いのに政治のことで院長と対立することは余りないでしょうしね。この院長が政治については裸の王様なんでしょうね。
色々な考えの人が論の通った議論をしているのを見るのはとても気分が良いです。
何故ならば、彼のようなネオナチ信奉者はドイツなら憲法擁護庁(BfV)の監視対象者になりかねず、下手をしたらブタ箱行きですよ。
あらかじめ知っていたとか、自作自演の証拠にはならないのですが。
アンネの日記は読んで男性が捏造できる内容ではないと思いました。
アウシュビッツも生き証人があちこちにいましたしね。
自作自演だと思いますよ。
航空機というのは極力軽く作りますので、言わば金属でできた張り子です。
それが鉄と岩の塊である高層ビルにぶつかったら、ビルが倒壊?
あり得ませんよ。
貴方のような陰謀論は、とっくの昔に全て否定されています。911陰謀論などで検索してみてください。あなたの疑問は全て反論が見つかります。
断言します。911は自作自演ではありません。もしも911が自作自演であれば、貴方に全財産を残すと遺書を書いて即座に自殺していい。それくらい絶対の自信を持って断言します。911は天地がひっくり返ろうと自作自演ではありません。