最近保守派論客としてテレビにもしばしば登場する石平太郎氏。しかし、私はこの人は「愛国カルト」と呼ぶにふさわしい人物だと考えています。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言わんばかりに、自分が「左翼」とみなした相手については、本筋と外れたことでもとにかく批判するという態度が見受けられます(このへんは上念司氏も同じですね)。


以前はフランスの政党「国民戦線」をメディアが「極右」と呼ぶことについて、「左翼的偏見からの差別用語そのものだ」などと言っていましたが、実際には読売や産経も国民戦線を「極右」と表現していましたし、海外メディアも、仏ル・モンドフィガロ、英BBC、ロイター、米CNN、NYタイムズ、ワシントンポスト台湾国営メディアなど、日本で知られるような主要メディアはどれも「極右」と呼んでいました。さらに、アメリカでもっとも保守強硬的だという評判のFOX NEWSも「極右」と呼んでいました。


海外メディアも保守系メディアも、国民戦線のことは「極右」と呼んでいるのに、それを「左翼的偏見からの差別用語」と呼ぶ石平氏は、自分のむかつくことは取りあえず「左翼」のせいにするという、「愛国カルト」的思考の持ち主だということが伺えます。(詳しくはこちらの記事参照


さて、そんな石平氏ですが、今度はこんな頓珍漢なことを言っていました。



実にあきれました。こんなバカなことを堂々と言えるのかと。
実に幼稚極まりない外交センスを披露してくれる石平氏ですね。


(スポンサードリンク)


ご存じのとおり、安倍晋三総理大臣は先日トランプ氏と非公式に会談を設け、「信頼できる人物だと確信した」と述べました。それに対し、国会において、蓮舫氏が「何をもって信頼関係が持てると確信したんですか」と問いただしました。

2016y11m25d_095642859
TBSニュース

 まず、石平氏が頓珍漢な大きなポイントとして、蓮舫氏は「トランプ氏を信頼するな」と発言したわけではない、という点があります。石平氏は「トランプが発言を撤回しない限り、今後4年間、日本は唯一の同盟国の大統領と信頼関係を作ってはならないことになる」などと言っていますが、もう全く話がずれているデタラメな批判です。


次に、選挙中、人種差別的発言であれほど物議を醸し、さらに女性蔑視発言で共和党内からも批判者が続出したほどの人物です。日本に対しても、「米国駐留費を全額払え」と言ったり、日米同盟をアメリカにとっての不平等条約だと言ったり、自国の貿易額のこともよく知らないで貿易を語っているのではないかという発言をしたり日韓の核保有を容認する考えを述べたかと思えば、「そんなことは言っていない」と言ったり、様々な物議を醸す発言をしてきました。


そんな人物を、安倍晋三氏は、たった一回会っただけで、「信頼できる」と「確信」までしてしまったのです。


まだ『狼と七ひきの子ヤギ』の子ヤギのほうが用心深い気がします。どうしてそんな「確信」が得られるのか、問いただしてみたくなるのは至極当然でしょう。一度会っただけで信頼できると「確信」までしてしまうのですから、単なる米国盲従ではないのか、と疑問を持たれるのは当たり前です。そこを問いたださないほうが、よっぽどおかしいです。


さらに石平氏は、蓮舫氏の発言を「こんな幼稚極まりないセンスで外交をやっていたら、国が破滅する」と言っていますが、一回会っただけで相手を信頼できると確信してしまうほうが、よっぽど幼稚極まりない外交センスであることに、疑問をはさむ余地はありません。


アメリカ国内でもあれだけの批判が巻き起こり、欧州でも各国が懸念を示す中、日本だけがいきなりトランプ氏を「信頼できると確信した」と発言するということは、

・「日本はこれまでのトランプ氏の発言を容認したということか」

・「日本はトランプ氏と同じような発想の持ち主なのではないか」

・「日本は米国盲従の朝貢外交なのではないか」

と、他国から疑問の目で見られる恐れもあります。


そういうことを考えず、信頼できると「確信」したと言ってしまう安倍晋三氏。そしてそれを疑問に思わず、逆にどうして確信できるのかと問いただした野党のほうを批判する石平氏。なんと幼稚な外交センスでしょうか。せめて「トランプ氏とも歴代大統領相手と同様の信頼関係を築いていきたい」程度の発言にしておけばいいものを。


石平氏と同レベルに陥らないためには、「もしも発言者が別の立場の人物だったら…」と考えるとよいでしょう。


あなたが嫌いなA氏のある発言に、あなたは怒り、批判したとします。では、仮にその発言者がA氏ではなく、比較的あなたが支持するB氏の発言だったらどうでしょう。あなたはB氏に対しても同様に怒ったり批判したりするでしょうか。それとも、B氏の発言だったら問題視しなかったり、逆に褒めたりするでしょうか。


もしも、誰が発言しても、同様に怒るのであれば、それは発言内容への怒りですから、真っ当です。一方、同じ内容なのに、発言者によって、怒ったり褒めたり変わるようであれば、それは論理性のない、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという、「批判のための批判」にすぎないわけです。


今回の場合、もしも自民と民進の立場が逆で、民進党が与党としてトランプ氏に会って、一回の会談で「信頼できると確信した」と述べれば、当然野党自民党は「どうしてそんな確信ができるのか」と問いただすことでしょう。問いたださないほうがおかしいです。


ではその場合、石平氏は自民党を批判するでしょうか。私はそうは思いません。自民と民進の立場が逆だったら、きっと石平氏は、「たった一回の会談で相手を信頼できると確信するなど、幼稚極まりない外交センスだ」と、やはり民進批判、自民賞賛をすることでしょう。


そんな石平氏を、「信頼に値しない」と私は「確信」しています。


にほんブログ村 政治ブログへ 
にほんブログ村 政治 ブログランキング

(スポンサードリンク)