<ざっくり言うと>
  • 八幡和郎、「大坂都構想反対なら東京市復活を主張しろ」と意味不明な妄言を吐く。
  • 八幡の理屈なら、大坂都構想賛成なら「神奈川都構想」「愛知都構想」「福岡都構想」なども主張することになる。
  • 八幡和郎という男は、論理が破綻していると言うより、論理が根本から欠如している。
  • 八幡和郎を出すようなメディアは、八幡和郎並の論理欠如メディアである。
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↑八幡和郎の発言は論理破綻と言うより論理欠如

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「大坂都構想反対なら東京市復活を主張しろ」という八幡の短絡的論理破綻 


最近アメリカ大統領選の妄想やデマばかり取り上げてきたので、一回別のことやります。大坂都構想についてです。(本当は今月頭にアップするつもりの記事だったのが、アメリカ大統領選を取り上げているうちに旬を過ぎてしまいました)


私は大阪府民ではありませんし、大坂都構想については賛成とも反対とも言うつもりは全くないのですが、結果として都構想は否決されました。それについて、八幡和郎がまたもやかなり意味不明なことを言っています。

 
公明党が支持に回ったにもかかわらず半分くらいしか賛成しなかったのは大スキャンダルだが、次の総選挙で、大阪府内の小選挙区に候補を立てている以上、維新にも自民党にも決定的に恨まれることはしたくなかったのだろう。結果としてさじ加減を少し間違ったと言える。

立憲民主党や共産党は大喜びだが、今回、反対に回った政党や政治家は、ぜひ、東京市復活を次の選挙の公約に入れていただきたい。そうでなければ党利党略で動いた証明だろう。蓮舫さんもそれを公約に都知事にでも出たらいい。
「大阪都構想に反対した政治家は東京市復活を次の選挙の公約に入れろ」とは、なんとも意味不明もいいところです。こんな意味不明な頭の悪いことを言えるとは、さすが八幡和郎。


八幡の短絡的な思考回路の中では、

「大坂都構想に反対」→「東京都にも反対」→「東京市復活主張すべき」

ということになっているようです。しかし、八幡のこの理屈なら、

「大坂都構想に賛成」→「大都市の解体に賛成」→「横浜市を解体して神奈川都構想を主張すべき」

というのも成り立ちます。大坂都構想賛成の政治家は、名古屋市を解体する愛知都構想とか、広島市を解体する広島都構想とかを次の選挙の公約に掲げろってことになります。しかし、八幡和郎に、そんな自分の論理破綻に気が付くだけの知恵はありません。


しかも、大坂都構想に反対だった人たちは「今のままにしておく」ことを主張したわけですから、東京に関しても特段変える事情がない限り「今のままにしておく」のが当然の発想です。大坂都構反対派が東京市復活という大改革を主張するより、「変えよう」とした賛成派が「神奈川都構想」や「愛知都構想」を主張する方が自然でしょう(※別に主張しろと言ってるわけじゃありませんよ)。八幡の主張は発想が根本からおかしい。


そのうえ、大阪都構想は自民党も反対だったのに、「立憲民主党や共産党は大喜び」といって、自民党の批判はしないところがなんとも八幡和郎らしい。とりあえず自分が嫌いな立憲民主党や共産党や蓮舫にいちゃもんつけられればそれでよく、そこで思考が止まっているのでしょう。いつも通り、ご都合主義の八幡和郎です。



八幡和郎のあまりに酷い論理欠如ぶり 


このブログでは数々のデマゴーグたちのデマや論理破綻発言を紹介してきましたが、八幡和郎は百田尚樹あたりとは微妙にタイプが違って、論理が破綻しているというより、論理的思考がそもそも欠如していると言うべきでしょう。例えるなら、百田尚樹の場合は、「2+3=8」みたいな感じですが、八幡和郎の場合は「りんご÷キャベツ=フライドチキン」ぐらい意味不明なのです。「間違ってる」というより根本から何を言っているのかわけがわからないというのが八幡和郎です。


八幡の論理欠如ぶりで典型的なのが、大坂なおみの全米オープン優勝についての、「日本人もアメリカ人もハイチ人も生粋の自国人に比べて何十パーセントかずつ喜ぶのが正しい」という謎発言でしょう。



大坂なおみは日本人でありアメリカ人でありハイチ人でもあるのだから、合計100%になるように、例えば日本人は50%喜んで、アメリカ人は30%喜んで、ハイチ人は20%喜ぶのが正しいというのが八幡の主張なのです。もう「意味不明」という言葉さえ通り越しています。しかもこれを八幡は自ら「冷静公平な分析」と自画自賛しています。


サッカーと憲法9条と北朝鮮の核開発を結び付ける発言をしたこともあります。




詳しくは読んでもらいたいと思いますが、サッカーと9条を結び付けて、さらに北朝鮮核開発と結び付けるという超絶アクロバティックな意味不明すぎる論理展開を見せつけてくれます。まさに論理破綻というより論理欠如という事例です。


森友学園問題で籠池泰典が収監されていた当時、野党が籠池に接見を行いました。その時、八幡は「籠池泰典の言うことを国会で垂れ流したら、名誉毀損にあたる場合もあるのではないか」などと言っていました。



論理欠如も甚だしい。八幡の脳内では、籠池から聞き取った内容について、「籠池はこう言っていますがどうなんですか」と国会質問することが名誉棄損に当たるらしいのです。そんなんでは国会質疑自体が出来なくなってしまいます。八幡は「(発言が)真実であるか適切なチェックをしてからにすべき」と言っていますが、その真実であるかのチェックが国会質疑であるということさえ分かっていない。八幡は「真実かどうかチェックしてから真実かどうかチェックすべきだ」と言っているに等しいです。


他にもいろいろありますが、八幡和郎は万事こんな感じで、「間違ってる」とか「論理が破綻している」とかそんなレベルを超え、彼の思考からは論理性というものが根本から欠如していると思わざるを得ません。



八幡和郎を「識者」と呼ぶ愚 


このブログでは論理が破綻しているデマゴーグたちの発言を数多く取り上げてきましたが、八幡和郎ほど、根本的に論理が欠如した意味不明な発言ができる奴はなかなかいません。大坂なおみの優勝について、「合計100%になるように、日本人もアメリカ人もハイチ人も、生粋の自国民の何十パーセントか喜ぶべき」なんて発想を常人はまずしないでしょうし、さらにそれを「正しい」と言い切り、この謎の発言を「冷静公平な分析」などと自画自賛できる人物など、さすがに八幡のほかに見たことがありません。今回の「大坂都構想反対なら東京市復活を主張しろ」も、見事なまでの論理欠如ぶりです。


ところが、こんな奴でも一部のネトウヨメディアは「識者」などと言ってコメントを求めます。『夕刊フジ』は、学術会議問題で八幡和郎を「識者」と呼んでコメントを求めていました。もちろん八幡は学術会議の識者でも何でもないし、それどころか一般人よりもはるかに思考力の劣る低知能人間と言わざるを得ません。



いくらネトウヨ相手の低劣三流『夕刊フジ』でも、いい加減、八幡和郎みたいなのを「識者」などと呼ぶのは改めるべきでしょう。他にも『HANADA』などでも八幡を出すことがあるようですが、これをお読みの皆さんは、「八幡和郎」にコメントを求めるようなメディアは信頼しないでください。そのメディアは八幡和郎と同程度に論理が欠如したものに違いありません。

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