<今回のデマ>
  • 『君が代』の「君」は天皇のことではない。『君が代』が天皇礼賛の歌だというのはパヨクの反天皇プロパガンダだ。
<事実>
  • 明治より前は「君」は天皇のこととは限らなかったが、明治になって「天皇陛下ヲ祝スル樂譜」として作られたのが現在の『君が代』のメロディーなので、現在の国歌としての『君が代』は天皇を祝うための歌である。
  • 戦前の修身教科書にも「君が代」は「天皇陛下のお治めになる御代」のことだと書いてある。
  • 国旗国歌法案成立時にも、政府は国会答弁で「君」が天皇のことであると答弁している。
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↑昭和18年発行の修身教科書。

『君が代』について、私は右翼の人たちって「『君が代』は天皇を称える歌! 万世一系の天皇を戴く日本にふさわしい国家なのだ!」って主張しているもんだと思っていたんですが、必ずしもそうじゃないんですね。なんと、『君が代』の「君」を天皇のことだとするのは「パヨクのプロパガンダ」だとする人が結構いるので驚かされました。
>>「君が代」は決して天皇賛美の歌ではない
>>パヨクが勝手にそう印象付けようとしているだけ
>>何度も言うけど「君が代」は天皇の歌ではない。

>>パヨクの反天皇プロパガンダです。

>>『君が代の君は天皇のことだ!』と嘘
>>君が代=日本国民です‼️

>>君が代=天皇?意味不明やな
>>何でも自分に都合の良い解釈して
>>意味不明なこと言うのがパヨクの習性やな

>>共産党さん含めパヨク界隈は
>>君という歌詞を天皇陛下に結び付けたがっている

>>君が代は天皇陛下個人を称える歌ではなく
>>日本国民を称える歌なのだ
>>知っとけよ、ど阿呆共

>>君が代は天皇陛下の歌ではありません‼️
>>君が代の「きみ」のきは「いざなぎ」みは「いざなみ」で、
>>男女の永遠の愛を表しています。



最後の「君が代の『きみ』のきは『いざなぎ』みは『いざなみ』」という頭のおかしい意味不明発言はさておき(なぜ「き」と「み」に分ける…)、意外と自称保守の人の間で「『君が代』の『君』は天皇陛下のことじゃない!」と主張している人が多いことに驚かされました。てっきり『君が代』大好きな人たちは「天皇陛下万歳」って心を込めて歌ってると思ってたのに。


断言しましょう。明治以前は違いますが、今の国歌としての『君が代』の「君」は天皇のことです。


以下、根拠を示します。

戦前の軍も文部省もパヨクだった!?


まず、『君が代』の初出は『古今和歌集』で、詠み人知らずです。この時は「君」が天皇のことでなかったことは事実で、「君が代」つまり「あなたの時代」が「千代に八千代に」続くようにと、長寿を祈念する歌でした。対象は誰でもよかったのです。


しかし、明治になって状況が一変します。『君が代』が国歌扱いになる経緯が防衛省HPに記載されています。


 明治9年に初代海軍軍楽隊長の長倉彦二(後中村祐庸(すけつね)と改姓名)から天皇陛下ヲ祝スル樂譜改訂ノ儀」と題する上申書が提出され、宮内省と改訂の方向で検討に入りました。 その結果、新たに作り直されたのが現在の国歌「君が代」です。

「天皇陛下を祝する楽譜」として、現在の『君が代』のメロディーが作られたのですから、「君が代」が天皇を称える歌であり、「君」が天皇のことを指していることは疑いようがありません。


次に、昭和18年発行の修身教科書を見てみましょう。

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この歌は「天皇陛下のお治めになる御代は、千年も萬年もつづいて、おさかえるなるやうに。」という意味で、国民が心からおいはひ申し上げる歌であります。

随分とまあ、はっきりと書いてありますね。「君が代」のことを「天皇陛下のお治めになる御代」と説明しているのですから、「君」=「天皇」のことであることは明白です。


上で紹介したツイートの人たちによると、「君」=「天皇」ってのは「パヨク」のプロパガンダとか意味不明な解釈とからしいですが、戦前の軍隊も文部省も「パヨク」だったんですかね?


政府の国会答弁でも「君=天皇」だ


終戦後もそれは変わっていません。1999年、国旗国歌法案についての国会討論で、当時の総理大臣である小渕恵三はこのように言っています。

 一語一句説明をせよということでございますので、長くなるかと思いますけれども、改めて申し上げさせていただきます。 君が代の「君」に関することにつきましては、君が代の歌詞そのものが、平安時代の古今和歌集や和漢朗詠集に起源を持ち、その後、明治時代に至るまでの祝い歌として長い間民衆の幅広い支持を受けたもので、この場合の君が代の「君」とは、相手を指すことが一般的で、必ずしも天皇を指していると限らなかったと考えられます。
 ところで、古歌君が代が明治時代に国歌として歌われるようになってからは、大日本帝国憲法の精神を踏まえ、君が代の「君」は、日本を統治する天皇の意味で用いられました
 終戦後、日本国憲法が制定され、天皇の地位も戦前とは変わったことから、日本国憲法下においては、国歌君が代の「君」は、日本国及び日本国民統合の象徴であり、その地位が主権の存する日本国民の総意に基づく天皇のことを指しており、君が代は、日本国民の総意に基づき、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のことであり、君が代の歌詞も、そうした我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと解することが適当であると考え、かつ、君が代についてこのような理解は、今日広く各世代の理解を得られるものと考えておるところでございます。
1999年7月21日衆議院内閣委員会

小渕は「天皇は日本国の象徴なんだから、天皇を祝う歌は日本を祝う歌である」みたいな苦しい解釈をしていますが、明治以降、そして今でも『君が代』の「君」が天皇のことであることに変わりはないのです。


だから右翼が

「『君が代』の「君」は天皇陛下のこと! 天皇陛下万歳! 『君が代』を歌わず天皇陛下を崇めない奴はパヨクだ!」

って発言するなら、賛成はしなくても理解はできるんですが、

「『君が代』の「君」は天皇陛下のことではない! 『君が代』が天皇賛美の歌だなんてのはパヨクのプロパガンダだ!」

ってのは意味不明すぎです。現在国歌ということになっている『君が代』の「君」は天皇のことであるという事実を前提に賛否を議論するべきであり、「天皇賛美の歌ではない」なんて変なごまかしを言っちゃいけませんね。


というか、「天皇賛美の歌ではない」「パヨクのプロパガンダだ」って言ってる人たちは、「天皇賛美の歌は国家にはふさわしくない」という意見には賛成だってことなんですかね?


私はてっきり天皇賛美をしたいから『君が代』にこだわってるのかと思っていたのですが、「天皇賛美の歌ではない」って言うのなら、なんで『君が代』にこだわるのか意味が分からないな…。天皇賛美の歌でなくていいのなら、別に『君が代』でなくても何でもいいじゃん。全く新しい国家に作り替えたっていいのに、なんで『君が代』に拘るんだろう?


彼らの主張したいことが私にはよく理解できません。


教育勅語に関してもそうなんだよなあ。なぜかネトウヨ連中は教育勅語と天皇を切り離したがる。





天皇大好き右翼が
「教育勅語は『皇室の繁栄のためにその身を捧げろ』と書いてあるから素晴らしい! 日本人はみな天皇の忠良な臣民たるべし!」
って言って教育勅語を称賛するのなら、賛成はしないけど理解はできるんですが、なんで天皇と切り離して「『親孝行』とか『学問に励め』とかいいこと書いてある」って言いたがるんだろう。


教育勅語って、「皇室の為に身を捧げろ」「天皇の忠良な臣民として励め」って書いてあるから意味があるんであって、天皇と切り離したら別に教育勅語を使う必要性って何にもなくなるんだよね。親孝行とか学問に励めとか、別に教育勅語を使って教える必要なんてない。どんな教材を使ってもいいから、教育勅語にこだわる理由が全くない。


天皇と切り離したら、教育勅語の必然性って何にもなくなって、「別の教材でいいじゃん」ってなるんだけど、それなのになぜかネトウヨさんたちは教育勅語と天皇を切り離したがる。


彼らが何を主張したいのかちっともわからない。

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