<今回のデマ>
  • 東日本大震災で民主党は自民党の協力の申し出を拒否した。
<事実>
  • 民主党は震災1週間後には自民党と大連立を組んで事態に当たることを打診するが、自民党は拒否。
  • 自民党はその後も内閣の退陣要求と審議拒否を繰り返した。
  • 民主党が自民党からの協力の申し出を拒否したなんて事実はない。
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まず、今回の北陸地方の地震で被害に遭われた方やその親類・関係者の方々に心からお見舞い申し上げます。私には募金ぐらいしかできませんが、復興にご協力したいと思っております。


さて、災害が起きるとデマが流れるのが残念ながら日本のネットの常となってしまっていますが、過去の震災と結び付けて、またしても民主党デマが流れているようです。

>>自民党が与野党での協力を呼びかけても拒否した党

>>自民党が民主党に公式に協力する旨申し込んでいる
>>⇛民主党は拒否



ひええ!! この人たちの頭の中では震災時に民主党が自民党の協力を拒んだことになっているのか!


以前も書きましたが、「3.11では当時野党だった自民党による政権批判はほとんど無かった」なんてデマを吐く人もいました。



もちろんそんなのは嘘。もちろん、自民党は口では「協力を惜しまない」と言っていましたが、実際には自民党は民主党批判・倒閣運動に明け暮れていたというのが事実でしょう。以前書いた記事と重複する部分が多いですが、当時の様子を確認してみましょう。


大連立を打診するも自民党は拒否


まず、震災直後、3月19日には、自民党の谷垣禎一総裁に副総理兼震災復興担当相としての入閣を打診。


民主党は「救国内閣を打診している。 政争、政局は棚上げしよう。まずは復旧、復興に全力 を挙げようということだ」と述べ、野党第一党であった自民党に入閣してもらうことで大連立を組んで事に当たろうとしましたが、自民党は拒否。




まあ、「大連立を拒否した=協力を拒否した」ではないですが、少なくとも「自民党が与野党での協力を呼びかけても民主党は拒否した」なんてのはデマだってことはわかりますね。

自民党の審議拒否と退陣要求


その後も自民党は協力どころか審議拒否と退陣要求を繰り返しました。


2011年4月12日:退陣要求
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 統一地方選前半戦での民主党の大敗を受け、自民党・谷垣総裁は11日、「菅政権への不信が現れた」として自発的な退陣を求めた。一方、枝野官房長官は「三歳対応に取り組む責任を果たさなければいけない」として退陣論を強くけん制した。(日テレNEWS24
2011年6月1日:内閣不信任案提出
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私たち自民党は1日、菅内閣に対する不信任決議案を、公明党、たちあがれ日本の3党共同で衆議院に提出いたしました。(自民党HP
2011年6月6日:首相退陣まで審議拒否を表明
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復興基本法除き審議拒否の方針 自民、月内退陣狙う

自民党の逢沢一郎国会対策委員長は6日の党国対幹部会議で「一度辞意を表明している菅総理はすでに力を失っている。復興基本法以外の案件は、次の内閣で対応する」と語った。復興基本法以外の重要法案については、菅首相が退陣するまで審議拒否する方針を表明したもので、首相を月内退陣に追い込む狙いがある。(朝日新聞
2011年7月10日:菅直人の即時退陣を求める
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「菅内閣では復興どころか当たり前の復旧すら進まない」 谷垣禎一総裁

谷垣禎一総裁は10日、島根県を訪れ「自民党島根県連定期大会」にて演説を行いました。菅直人総理と海江田万里経済産業相による原発の再稼働をめぐる発言の相違について「内閣不一致も甚だしい。はたして日本のエネルギー事情はどうなっていくのか」と述べ、管内閣の政治主導により、天災だけでなく人災も含めて全国に悪影響が及んでいると批判し、菅総理の即時退陣を求めました。(自民党HP
当時自民党は、震災1か月後には既に退陣要求をし、3か月後には不信任決議を出して、審議拒否をしていたわけですね。



当時の安倍晋三:民主党政権批判を繰り返す


また、安倍晋三は当時『夕刊フジ』に不定期連載を持っていました。当時の発言を振り返ります。

 私が会長を務める超党派議連「創生『日本』」は、緊急声明を検討している。

 趣旨は「敢えて問う、菅政権で国難を克服できるのか!」「菅総理は、原発事故への後手後手の対応をはじめ失政を繰り返している。多くの国民が信頼し得ない総理の下で、新たな日本を再生することはできない。菅政権の下での連立政権には断固反対する。敗戦の8カ月後の昭和21年(1946年)4月にも国政選挙は行われた。直ちに解散総選挙はできないが、日本がこの国難を乗り越えるには、解散総選挙により国民の信頼を得た政権を作り上げることこそ最善の選択である」ということだ。

 現在の日本には、王様が裸だと分かっていても、「それを言うべきではない」という空気が支配している。ただ、あの少年のように、そろそろ真実を語ることが求められている。
2011年4月13日
統一地方選後半戦が終わった。国民は再び菅直人政権に対して、「ノー」という強い意思を示した。内閣支持率も危険水域である20%前半に戻った。東日本大震災や福島第1原発事故の対応があり、「政権を代える余裕はない」という空気があるにもかかわらず、この審判は重い。

そもそも、震災発生から1カ月半になるが、菅政権の対応はお粗末というしかない。

原発事故について、菅政権は「東京電力の責任」という姿勢だが、これはおかしい。政府は震災当日(3月11日)、原子力対策特別措置法に基づき「原子力緊急事態宣言」を発令した。首相に、原子力事業者に指示・命令できる強い権限を与える宣言であり、当然、権限には責任が伴う。(2011年4月27日
役割を果たしていない復興構想会議

菅直人首相が鳴り物入りで立ち上げた復興構想会議(議長・五百旗頭真防大校長)が迷走している。実務者がほとんどいない珍しい会議で、先週土曜日は、委員が次々と持論を展開し、5時間近くもかかったという。この会議はいわば、家を建てるのに、建築士も施工業者もいないようなもの。発注者や身内が裏付けのない夢ばかりを語り合っている。(2011年5月18日
民主党政権は末期症状

前代未聞の異常事態が続いているのは、一国のリーダーとして菅首相の姿勢が異常であるからに他ならない。「早期退陣」を想像させる言葉で同僚議員をだまし、地位にしがみつこうとする態度はあまりにも見苦しい。被災者支援や被災地復興より、自身の延命が最優先されている。(2011年6月15日
有権者の心裏切る浜田氏 ペテンに満ちている民主党

菅内閣不信任案に対する衆院本会議での反対討論で、民主党の山井和則議員は「与野党協力して復興にエネルギーを注いでほしい」と発言。会期延長を70日間とする賛成討論でも、同党の高山智司議員は「国難を乗り越えるには、与党も野党も歩み寄るべきところは歩み寄る」と、わざとらしく壇上で頭を下げた。

政党間の信頼を裏切ることを平気でしながら、一方で「与野党協力を」「歩み寄る」と呼びかけるなど、何たる欺瞞。民主党がとれだけ薄っぺらで、ペテンに満ちているかがよく分かる。(2011年6月30日
北朝鮮と民主党の深い闇…徹底的に追及

残念ながら、菅直人政権がそうした懸念を真剣に検討した形跡はない。国家・国民を守る意識が希薄なのだ。

繰り返すが、民主党は、マニフェスト放棄や政権たらい回し批判の責任を自ら取り、新代表、新首相を選出後、すみやかに解散総選挙で国民の信を問うべきだ。(2011年7月13日
菅首相には国益という観点がまったく感じられない

残念ながら、菅首相には国益という観点が欠片も感じられない。「1日でも長く、首相の座に留まりたい」という思惑ばかりが目立つ。政権延命のためなら何でもしたいと口をパクパクさせている菅首相は、北朝鮮にとってエサなしでも釣れる鯉のようなもの。(2011年7月27日

当時の『夕刊フジ』での安倍晋三のコラムを読んでみると、「自民党はこうします」というようなものほぼなく、全て民主党政権批判です。

「そろそろ真実を語ることが求められている」

「地位にしがみつこうとする態度はあまりにも見苦しい」

「薄っぺらで、ペテンに満ちている」

などの言葉は安倍晋三の自己紹介かと思ってしまいます。



メルマガでデマまで流して菅直人を批判した安倍晋三


これはご存じの方も多いかと思いますが、2011年5月のメルマガで、安倍晋三は「菅直人が原発の海水注入を止めさせた」というデマを流しました。

これは名誉棄損裁判にまでなりました。結局名誉棄損は成立しなかったものの、「海水注入を止めたのは官邸からの指示だった」という安倍晋三の発言がデマであったことは、のちの調査で確定しました。海水注入はそもそも止まっていなかったのですから。



安倍晋三は、このデマに基づき、読売新聞紙上で「万死に値する判断ミスで、直ちに首相の職を辞すべきだ」とまで言っています。


震災当時野党だった自民党が政権に協力したどころか、むしろ全く逆にしか見えません。デマまで流しているのですから救いがたい。


少なくとも「自民党が与野党での協力を呼びかけても民主党が拒否した」なんてデマを流すべきではないですね。安倍晋三が繰り返した「悪夢の民主党政権」なんてのはほとんどこういうデマによって構成されています。


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